| 国 | 街 | ▼INDEX イタリア(ローマ)/イタリア北部/イタリア中部/イタリア南部/イタリア・シチリア/イタリア・サルデーニャ/イギリス/フランス/スペイン/ポルトガル/スイス/ドイツ/ベルギー/オランダ/オーストリア/スロヴァキア/ハンガリー/クロアチア/ユーゴスラビア/ルーマニア/ブルガリア/マケドニア/アルバニア/ギリシア/キプロス/トルコ/シリア/レバノン/ヨルダン/イスラエル/エジプト/リビア/チュニジア/アルジェリア/モロッコ | |
| イタリア:ローマ(1,202) | |||
| ▼INDEX テルミニ駅とその周辺 /コロッセウムとその周辺 /フォロ・ロマーノ /パラティーノの丘 /フォーリ・インペリアーリ /カピトリーノの丘 /テヴェレ河周辺 /カンポ・マルツィオ /フラミニア街道とクィリナーレの丘 /ヴァティカン周辺とトラステヴェレ /アウェンティーノの丘 /カラカラ浴場とアッピア街道 | テルミニ駅とその周辺 | ||
| セルウィウスの城壁 | 延長8キロの長さ。城門は14カ所 写真提供:P.M.さん | ||
| ディオクレティアヌス帝の浴場 ★ | 紀元298年〜309年建造。総面積370m×380mで一度に3000人を収容 | ||
| サルスティウス荘 | 共和政末期の歴史家サルスティウスの別荘 | ||
| カストロ・プレトーリオ | 紀元21〜23年にティベリウス帝により造られた近衛兵の陣営 | ||
| エスクィリーノ広場のオベリスク | アウグストゥスの墓廟の入口を飾っていたオベリスクの1本 | ||
| 浴場及び家屋 | 2世紀の個人経営の浴場設備と共和政期の家屋 | ||
| ガリエヌスの凱旋門 | もとはエスクィリーナ門で、262年にガリエヌスに捧げられた | ||
| マエナケスの講堂 | マエケナスが造営した広大なヴィラの一部 | ||
| ユリア水道の泉水堂 | 3世紀前半、ユリア水道の末端に設けられた噴水跡 | ||
| ユリア水道 | 前33年、アグリッパにより建造された水道 | ||
| ティブルティーナ門 | 前5年、アウグストゥスにより建造された門 | ||
| ミネルヴァ・メディカの神殿 | 4世紀初頭に建てられたニンフェウム | ||
| マジョーレ門 ★ | 52年にクラウディウス帝が建てた水道橋の一部 | ||
| エウリュサケスの墓 | 共和政末期のパン屋の墓 | ||
| ネロの水道橋 | ネロが黄金宮殿と人工湖に給水するために造った水道 | ||
| カストゥレンセ円形劇場. | セッソリウムに付属した円形劇場 | ||
| ラテラノ広場のオベリスク | チルコ・マッシモの中央分離帯を飾っていた | ||
| アシナリーナ門 | アウレリアヌスの城壁の門 | ||
| サンタ・コスタンツァ霊廟 | コンスタンティアとヘレナのために建立された墓廟 | コロッセウムとその周辺 | |
| コロッセオ ★★★ | 紀元80年建造の円形闘技場。建設当時5万人以上を収容した | ||
| コロッススの台座跡 | ネロが自らに似せて造った太陽神の巨像(コロッスス) | ||
| メタ・スダンテ. | 円錐形の噴水跡。汗を掻くメータの意 | ||
| ルードゥス・マグナス | 剣闘士訓練所 | ||
| コンスタンティヌス帝の凱旋門 ★ | 高さ約25mの威容を誇るローマ最大の凱旋門 | ||
| ミトラ教の神殿 ☆ | サン・クレメンテ教会地下 | ||
| ドムスアウレア ☆ | 64年の大火のあと、ネロが建造した黄金宮殿。最近まで閉鎖されていた おおねこさんのページへ Travelog→イタリア家族旅行(4ページ目) | ||
| トラヤヌス帝の浴場 | 黄金宮殿の上に造られた浴場。写真提供:P.M.さん | ||
| セッテ・サーレ | トラヤヌス浴場のために設けられた貯水槽。写真提供:P.M.さん | ||
| クラウディウス神殿 | 跡地は現在、非公開 | ||
| スカウロ坂 | 前109年スカウロスによって建設された道 | ||
| インスラ | サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会地下 | ||
| ドラベッラ門 | セルウィウスの城門の一つ | フォロ・ロマーノ【フォルム・ロマヌム】 | |
| エミリアのバシリカ | 紀元179年にエミリア一族によって建てられ、そのあと火災にあって、アウグストゥス帝時代に再建 | ||
| 新商店街とガイウスとルキウスの柱廊 | アウグストゥスにより造られた2階建ての柱廊 | ||
| ヴェヌス・クロアキナ神殿 | 大理石の輪が遺っている | ||
| ラピス・ニジュール | 黒い石の意。スラにより置かれた。 | ||
| クーリア ★ | 前29年の元老院 | ||
| セプティミウス・セヴェルス帝の凱旋門 ★ | 高さ23メートルの門。203年にセウェルスのパルティアでの戦勝を記念して建立された | ||
| 十周年記念柱台座 | 四分割統治制十周年を記念して造られた記念柱の台座 | ||
| マメルティヌスの地下牢獄 ☆ | サン・ジュゼッペ教会地下 | ||
| コンコルディア神殿 | 前367年頃の建造。元老院の集会場としても使われた | ||
| 公文書館 | 前78年、スラによる公文書館 | ||
| ヴェスパシアヌスとティトゥスの神殿 | ドミティアヌスによってヴェスパシアヌスらに捧げられた神殿 | ||
| ディイ・コンセンティスの柱廊 | ドミティアヌス建造のローマ12神を象徴する石柱 | ||
| カピトリヌス坂 | カピトリヌス丘に登る古代の坂道 | ||
| サトゥルヌス神殿 | サトゥルヌス(農業の神)を祀った神殿。前497年に建立 | ||
| 里程元標 | かつては帝国主要都市までの距離が黄金の文字で刻まれていた | ||
| アウグストゥスの演壇 | 演壇は市民を前に演説をするもの | ||
| ローマのへそ | ローマの中心であり、冥界との接触点と考えられていた | ||
| フォルム | 王政期から市民が集う場所として賑わった公共広場 | ||
| フォカスの記念柱 | フォロ・ロマーノ最後の建造物 | ||
| ユリウスのバシリカ | センプロニアのバシリカのあった場所に前54年に建造された | ||
| カストーリ神殿 | 双子神に捧げた神殿 | ||
| アウグストゥス神殿 | アウグストゥスに捧げた神殿 | ||
| アテナエウム | ドミティアヌスまたはハドリアヌスにより建造された図書館 | ||
| アグリッパの穀物倉庫 | 前20年、小麦を貯蔵するために作られた施設 | ||
| カエサル神殿 | 前29年、アウグストゥスによって建てられた | ||
| アウグストゥスの凱旋門 | 前29年、アクティウム沖の海戦での勝利を記念して造られた | ||
| ユトゥルナの泉 | レギルス湖畔での勝利にたいして前484年造られた | ||
| ユトゥルナの泉の祠 | 前2世紀建造 | ||
| ヴェスタの神殿 | 「聖なる火」を守っていた神殿で、炉とかまどの女神ヴェスタに捧げられていた | ||
| ヴェスタリの家 | 聖火を守ったウェスタ達の家 | ||
| レギア | 前6世紀に造られた王の住居 | ||
| ドムス・プブリカ | 共和政時代に大神祗官の住居として使われた | ||
| アントニヌス・ピウスとファウスティーナの神殿 ★ | アントニヌス・ピウスが皇后ファウスティーナの死後(141年)、彼女のために建てた神殿 | ||
| 聖道 | すべての道はここから始まり、すべての道はここにたどり着いた | ||
| ロムルス神殿 | マクセンティウスが幼くして死んだ息子ロムルスのために建てた神殿 | ||
| コンスタンティヌスのバシリカ ★★ | 間口100m、奥行き60m。307年にマクセンティウスが建設を始め、コンスタンティヌスによって完成 | ||
| バッカスの聖所 | エクセドラが取り囲む円形の神殿 | ||
| 共和政末期の邸宅跡 | 護民官クロディウスの家 | ||
| ティトゥスの凱旋門 ★ | ローマに現存する最古の凱旋門。81年建造 | ||
| ヴェヌスとローマの神殿 | 121年、ハドリアヌス建造 | パラティーノの丘 | |
| ネロの地下通廊 | この地下道によってパラティウムの諸宮殿が結ばれていた | ||
| ティベリウス宮殿 | 現在その多くはファルネーゼ庭園の地下に埋もれている | ||
| リヴィアの家 | 壁画が素晴らしいが、退色が激しい | ||
| アウグストゥスの家 | 政策を練るために用いた質素な造りの家 | ||
| アポロ神殿 | アクティウムの勝利を記念して造られた | ||
| マグナ・マテル神殿 | 前204年建造の大地母神(マグナ・マテル)キュベレの神殿 | ||
| ウィクトリア神殿 | 前294年、メゲルスにより建造 | ||
| フラウィウス宮殿 | 公邸として使われた。中央には8角形の噴水跡が遺る | ||
| 通廊宮殿 | マエケナスの庭園とパラティウムを結んだ1kmにおよぶ通廊宮殿 | ||
| イシスの間 | エジプトの女神イシスを奉る間 | ||
| グリフォンの家 | 前2世紀頃の邸宅 | ||
| アウグストゥス宮殿 ★ | ドミティアヌス建造の皇帝の私邸 | ||
| スタディウム | 宮殿付属の競技場。庭として設けられたという説もあり | ||
| ロムルスの城壁跡 | |||
| セヴェルス宮殿 | 宮殿の拡張として、アウグストゥス宮殿の南東に加えられた | ||
| マクセンティウスの浴場 | セウェルスの宮殿の南西側に造られた | ||
| ペダゴギウム | 宮廷に奉仕する使用人の教育施設 | ||
| スコーラ・プラエコヌム | 伝令の詰所 | ||
| クラウディウスの水道橋 | パラティヌス丘への給水のため造られた水道橋 | フォーリ・インペリアーリ | |
| カエサルのフォルム | カエサルが、手狭となったフォルムの拡張のため計画したフォルム(75m×165m) | ||
| ウェヌス・ゲネトリクス神殿 | ユリウス家の守護神を祀る神殿 | ||
| アウグストゥスのフォルム ★ | 多くの大理石像で飾られていた壮大なフォルム | ||
| マルス・ウルトル神殿 | 前42年のフィリッピの戦いの勝利を記念して造られた | ||
| ネルヴァのフォルム | ネルヴァが97年に完成させたフォルム。120m×45m | ||
| ミネルウァ神殿 | ドミティアヌスが守護神として崇拝していたミネルウァの神殿 | ||
| 平和のフォルムの図書館 | 71〜75年建造の建造の平和のフォルムに併設された図書館 | ||
| トラヤヌスのフォルム ★ | 112年建造。皇帝のフォルムの中では最大規模(310m×185m) | ||
| バシリカ・ウルピア | トラヤヌスのフォルムに併設された170×60mのバシリカ | ||
| トラヤヌスの記念柱 ★ | 19の巨大な大理石のブロックを積み重ねた高さ40mの記念柱 | ||
| トラヤヌスの市場 ★★ | クィリナリス丘を切り崩して造った6層におよぶ市場 | カピトリーノ丘 | |
| インスラ | 4階建てで、その高さはカピトリウムのユピテル神殿におおよんだ | ||
| ライオン像 | カンポ・マルツィオのイシス神殿中庭に置かれていた噴水の一部 | ||
| カストルとポルクスの像 | フラミニウス競技場近辺から出土した6mの像 | ||
| マリウスのトロフィー | ユリア水道の泉水堂の左右の壁龕に飾られていた大理石彫刻 | ||
| マイルストーン | アッピア街道の1,7ローマ・マイル地点に置かれていたもの | ||
| ユピテル神殿の基壇 | コンセルヴァトーリ宮殿の一番奥の下に僅かに遺っている | ||
| 共和政期の柱廊 | タルペイアの崖の麓にわずかにアーチが遺っている | テヴェレ河周辺 | |
| アルジェンターリの門 | 204年に裕福な両替商人達からセヴェルスとその家族に献上されたアーチ | ||
| ジアーノ門 ★ | ヤヌスの四面門 | ||
| 真実の口 | 古代の井戸か大下水溝の蓋と考えられている | ||
| ヘラクレス神殿 ★ | 前2世紀建造。勝利者ヘラクレスに捧げられた | ||
| ポルトゥヌス神殿 ★ | 前6世紀創建。川と港の神ポルトゥヌスに捧げられた | ||
| クロアーカ・マクシマ | フォロ・ロマーノの建設に先立ち湿地の排水のために造られた | ||
| サント・オモボノの聖域 | 前6世紀、ローマ最初の港の近辺に発達した居住地跡 | ||
| ルキウス・ステルティニウスの記念門 | 前196年に造られたローマ最古の記念門 | ||
| ヤヌスの神殿 | 前260年、ガイウス・ドゥイリウスにより建立 | ||
| ユノの神殿 | 前197年建造 | ||
| スペスの神殿 | 希望の女神スペスに捧げられた | ||
| ファブリキウス橋 | 前1世紀創建の橋 | ||
| マルケルス劇場 ★ | 高さ32m、41のアーチを持つ2階建ての建物で、15000人以上収容 | ||
| アポロ神殿 | 前433年建造。コリント式円柱3本が遺る | ||
| オクタウィアの回廊 | 2列の柱で囲まれた長方形(119m×132m)の柱廊の一部 写真提供:P.M.さん | ||
| カラカラ浴場の水槽 | もとはカラカラ浴場に置かれていたもの | カンポ・マルツィオ | |
| ハドリアヌスの神殿 | 高さ15mの大理石製コリント式列柱11本が残る 写真提供:P.M.さん | ||
| 象のオベリスク | カンポ・マルツィオのイシス神殿にあったもの | ||
| ミヌキウス回廊 | クラウディウスにより造られた小麦配給所 | ||
| 神殿 | 前2世紀、ミヌキウス回廊内に建造された神殿 | ||
| アレア・サクラのA神殿 | 前3世紀、ユトゥルナに捧げられた神殿 | ||
| アレア・サクラのB神殿 | 前101年、フォルトゥナに献じられた神殿 | ||
| アレア・サクラのC神殿 | 前4世紀末〜3世紀初頭にフェロニアに捧げられた神殿 | ||
| アレア・サクラのD神殿 | 前2世初頭の建造 | ||
| 公衆便所 | 帝政期の公衆便所 | ||
| ポンペイウスのクリア | ポメリウムの外では初めて造られた元老院 | ||
| ポンペイウスの劇場 | ポンペイウスによって造られたローマ最初の石造りの常設劇場 | ||
| アグリッパ浴場跡 | れんが風の壁が一部として残る | ||
| ウィルゴ水道 | (*)情報提供:はにわさん:トレビの泉からトリトーネ通りをわたったところに僅かに遺る | ||
| 噴水のオベリスク | カンポ・マルツツィオのイシス神殿から出土したオベリスク | ||
| パンテオン ★★ | 万神殿。丸い本殿は、直径、高さ共に43.3m | ||
| ドミティアヌスの競技場跡 ☆ | 86年建造。階段席に3万人を収容した(275m×106m) | ||
| 四大河の噴水の上のオベリスク | カンポ・マルツィオのイシス神殿に置かれていたもの | フラミニア街道とクィリナーレの丘周辺 | |
| インスラ | ドリア・パンフィリ館近辺の地下8mから発見された | ||
| ドムス | 大理石やモザイクの床をもつ帝政期の住宅 | ||
| マルクス・アウレリウスの記念柱 | 28の白大理石の円筒形を重ねた高さ29.6mの円柱 | ||
| モンテチトリオ広場のオベリスク | 前9年、アウグストゥスの日時計の指時針として設置された | ||
| アウグストゥスの日時計の時刻盤 | 青銅の時刻盤の一部がサン・ロレンツォ・イン・ルチーナ教会の地下に遺っている | ||
| アウグストゥスの墓廟 | アレクサンダー大王の墓を模して29年に造られたアウグストゥスの廟 | ||
| アラ・パチス ★ | 地中海全域に平和が訪れたことを記念し、前13〜前9年に造られた | ||
| ポポロ広場のオベリスク | かつてチルコ・マッシモの中央分離帯に飾られていたオベリスク | ||
| ピンチョの丘のオベリスク | ハドリアヌスがアンティノウスの墓に飾らせたローマ製のオベリスク | ||
| トリニタ・ディ・モンティ広場のオベリスク | サルスティウス荘で発見されたローマ製のオベリスク | ||
| ルクルス荘 | 食道楽の富豪ルクルスの屋敷 | ||
| ピンチアーナ門 | アウレリウス城壁に造られたトラヴァーチン造りの門 | ||
| ミルウィオ橋 | 前3世紀創建の橋 | ||
| リウィアの別荘 | フレスコ画で装飾された多くの部屋と浴場施設からなる | ||
| クィリナーレ広場のオベリスク | アウグストゥスの廟にあったオベリスクの1本 | ||
| 水盤 | カストルとポルクスの神殿脇にあった水飲み用の巨大な水盤 | ||
| カストルとポルクスの像 | カラカラ建造のセラピス神殿にあったもの | ||
| ネロの祭壇 | 64年の大火の炎症区域を示す祭壇 | ||
| 四噴水の彫刻 | セプティゾディウムを飾っていた彫刻 | ヴァティカン周辺とトラステヴェレ | |
| ハドリアヌスの廟 | ハドリアヌス位後カラカラまでの歴代の皇帝の墓所 | ||
| アエリウスの橋 | 墓廟の正面とレクタ通りとを結ぶために造られた橋 | ||
| サンピエトロ聖堂前のオベリスク | カリグラの競技場を飾っていたオベリスク | ||
| ポルテンシス門 | |||
| 聖チェチリアの夫の屋敷 | 熱浴室や古代の湯の導管が遺っている | ||
| クロディアの家 | 現ファルネジーナ荘の位置にあたる | ||
| トライアナ水道 | サン・パンクラツィオ門の西側にアーチが遺っている | アウェンティーノの丘周辺 | |
| チルコ・マッシモ ★ | 長さ555m、幅185m余りに及ぶ巨大な競技場には25万人が収容できた | ||
| カペナ門 | アッピア街道の出発点となっていた | ||
| ミトラ教の神殿 | サンタ・プリスカ教会地下 | ||
| デキウス浴場 | デキウスにより着工、死後の252年竣工 | ||
| エミリアの回廊 | 前193年建造。小麦の集積貯蔵を目的とした建物 | ||
| モンテ・テスタッチョ | アンフォラの破片による高さ約35mの山 | ||
| ピラミデ ★ | 一辺22m、高さ27mで、表面は大理石の化粧板で覆われた墓 | ||
| アウレリアヌスの城壁 | 1周約19km、18の門と381の見張り塔からなった | ||
| オスティエンシス門 | オスティエンセ街道の出発点 | カラカラ浴場とアッピア街道 | |
| カラカラ浴場 ★★ | 一度に1600人が入浴できたという巨大な浴場跡 | ||
| ラティーナ門 | アウレリアヌスの城門 | ||
| スキピオ家の墓 | 前298年〜前139年の間、スキピオ一族はここに葬られた | ||
| ポンポニウス・ヒラスの納骨堂 | 解放奴隷ポンポニウスの墓 | ||
| ドルスス門 | 211〜216年に造られたアントニアナ水道の橋脚 | ||
| アントニアナ水道 | 212年、カラカラが浴場施設に水を供給するために建造 | ||
| サンセバスティアーノ門(アッピア門) | アウレリアヌスの城壁のうち18の門の中で最大 | ||
| 旧アッピア街道 | 前312年にアッピウス・クラウディウスによって敷かれた | ||
| アウグストゥスの解放奴隷のコルンバリウム | 1000個にものぼる壁龕が設けられた共同墓地 | ||
| ロムルスの廟 | マクセンティウスが、幼くして死んだ息子ロムルスのために建てた(309年) | ||
| 皇帝の離宮 | 墓廟の近くに住もうと造った離宮 | ||
| マクセンティウスの競技場 ★ | 長さが520mもあり、1万人が収容できた | ||
| チェチリア・メテッラの墓 ★ | 直径20mの大きな円筒形の墓。上部には美しい浮き彫りが残る | ||
| 英雄のレリーフ | |||
| シクストゥス・ポンペイウス一族の墓 | |||
| ヒラリウス・フスクスの墓 | |||
| 解放奴隷ラビリイ一族の墓 | 一族の肖像を浮彫にした墓の複製 | ||
| クリアトゥス兄弟の墳丘 | アルバロンガのクリアトゥス三兄弟の墳丘 | ||
| ホラティウス兄弟の墳丘 | クリアトゥス兄弟と戦ったホラティウス広大の二つの丸い墳丘 | ||
| 元ピラミッド型の墳墓 | もとはピラミッド型であったが、外装の石材が剥がされた | ||
| クィンティリアヌスの別荘 | 別荘に水を供給していた水道のアーチが見える | ||
| 装飾花づなの墓 | |||
| カザル・ロトンド | 共和政末期の円筒形墳墓 | ||
| セルチェの塔 | 墳丘の上には中世の塔が立っている | ||
| クラウディウスの水道 | 地下鉄A線のポルタ・フルバやスブアウグスタから見ることができる | ||
| イタリア北部(21,48) | |||
| ▼INDEX アオスタ /アクイレイア /ヴェローナ /クレモナ /ジェノヴァ /シルミオーネ /スーザ /デゼンツァーノ・デル・ガルダ /トリエステ /トリノ /パドヴァ /パルマ /ピアチェンツァ /フォルリ /ブレーシャ /ボローニャ /ミラノ /モデナ /ラヴェンナ /リミニ /レッジョ | アオスタ【アウグスタ・プラエトリア】 | アウグストゥスによってつくられた街 | |
| ローマの円形劇場 | |||
| 劇場 | |||
| アウグストゥスの凱旋門 | |||
| プレトリア門 | |||
| ローマ時代の橋 | アクイレイア【アクイレイア】 | (*)文章提供:れいさん | |
| ローマ時代の家屋群 | (*)紀元前1〜紀元1世紀半ばの家屋群。白と黒の床モザイク、初期キリスト教の祈祷堂、中庭の跡 | ||
| 河港跡 | (*)紀元1世紀の港跡。クラウディウス帝の時代に建造と推定。48×350mほどの大きさ | ||
| フォロ | (*)数本の柱(第二次大戦後再立)と大理石の舗床 | ||
| バジリカ | (*)フォロの隣にあり、29×80mの建物だった | ||
| 霊廟 | (*)紀元1世紀建造。1955年に再建されている | ||
| 墓地 | (*)紀元1〜4世紀にかけて利用された共同墓地 | ||
| 市場跡 | (*)32.5×8.5mの大きさ。床の一部などが残っている | ||
| 浴場 | (*)非公開。詳細不明。ここの床モザイクは町の考古学博物館にて公開されている | ||
| 円形劇場 | (*)非公開。詳細不明。地下に埋まっているらしい | ||
| 競技場 | (*)非公開。詳細不明。ごく一部のみ残存しているらしい | ||
| 公共市場 | (*)市場跡よりも大きいらしいが、非公開で詳細不明 | ヴェローナ【ウェローナ】 | 芸術、文化、農業、商業の中心地として栄えた |
| 円形劇場 ☆ | 1世紀建造。152×128(123?)×30(52?)mの大きさで2万人収容可。2層、72のアーチが取り巻いている | ||
| 劇場 | 1世紀建造。のちに大理石で改築されている | ||
| ボルサーリの門 | 1世紀建造。2つのアーチの上には12個の2段組の窓がある | ||
| ガーヴィ門 | 前1世紀の建造。ヴェローナのガーヴィ家によって建てられた | ||
| 石橋 | 後世に改修がなされている。左岸の2つのアーチはローマ時代のもの | ||
| 城壁 | 265年にガリエヌスが築き、中世に修復された | クレモナ【クレモナ】 | ジェノヴァ【ゲヌア】 | アウレリア街道が建設されてから、交易地として発展した | シルミオーネ | 詩人カトゥルスが賞賛した土地:↓(*)遺跡情報/文章提供:れいさん |
| カトゥルスの洞窟 | (*)古代ローマの詩人カトゥルスのものとされるローマ帝政初期の別荘 | スーザ【セグシオ】 | (*)遺跡情報/文章提供:れいさん |
| アウグスツゥス門 | (*)紀元前9〜8年頃に建てられた。アウグスツゥス皇帝に奉げられた、白い大理石で出来た門 | ||
| ローマ時代の城壁 | (*)要予約 | ||
| 円筒形の塔 | (*)詳細不明 | ||
| カステッロ門 | (*)かつての水門? | ||
| グラティアヌス帝の浴場 | (*)グラティアヌス帝時代に修復されたとされる浴場 | ||
| 2つの筒形クーポラ | (*)外城壁の一部と推定されている | ||
| サヴォイア門 | (*)大聖堂の横にあり、2つの塔の間に組み込まれている | ||
| 円形闘技場 | (*)紀元後2世紀建造。大きさ45×37メートル | デセンツァーノ・デル・ガルダ | (*)文章提供:れいさん |
| ローマ時代の別荘 | (*)紀元1世紀の建物を基に、4世紀の初めに建てたと推定されている。多色使いの床モザイクが美しいことで有名 | トリエステ | |
| 劇場 | 2世紀初頭建造。6000人を収容できた | ||
| リッカルド門 | トリノ【アウグスタ・タウリノルム】 | パドヴァ【パタウィウム】 | ティトゥスが生まれた地。前1世紀には、河川貿易や農産物、馬の売買で栄えた |
| 劇場 | 1世紀建造。スクロヴェーニ礼拝堂に遺る | パルマ【パルマ】 | ピアチェンツァ【プラケンティア】 | フォルリ【フォルム・コルネリ】 | ブレーシャ |
| カピトリウム | 紀元前73年、ヴェスパシアーノ帝建造。入口には、コリント式円柱が6本建っている | ||
| 劇場 | |||
| フォルム | |||
| 公衆浴場のモザイク | 紀元前1世紀の公衆浴場のモザイク。ロトンダ内部に遺る | ボローニャ【ボロニア】 | エトルリア人が建設し、前189年ローマに征服され、アエミリア街道により栄えた | ミラノ | (*)写真/文章提供:P.M.さん@監修:れいさん |
| サン・ジョバンニ・アッレ・フォンティの洗礼堂 | (*)聖アンブロージョが、聖アウグスティヌスに洗礼を施したところ | ||
| マキシミアヌスの城壁の監視塔 | (*)ミラノ考古学博物館の中庭に遺っている | ||
| ??? | (*)不明 | ||
| 円形劇場 | (*)不明 | ||
| サン・ロレンツォ・マッジョーレ聖堂 | (*)高さ8.5m、16本の列柱が遺る | ||
| 水道管 | (*)地下鉄工事の時に見つかった出土品 | ||
| 舗装道路 | (*)地下鉄工事の時に見つかった出土品。全部で3層になっている | モデナ【ムティナ】 | ラヴェンナ【ラウェンナ】 | 今は海岸から10kmも離れているが、古代にはアドリア海に臨む港町だった |
| 城壁 | リミニ【アリミヌム】 | ||
| アウグストゥス記念門 | レッジョ【レギウム・レピドゥム】 | ||
| イタリア中部(102,363) | |||
| ▼INDEX アクイーノ /アスコリ・ピチェーノ /アッシジ /アトリ /アナーニ /アミテルヌム /アメリア /アルデア /アルバーノ・ラツィアーレ /アルバフーチェンス /アレッツォ /アンコーナ /アンセドニア /アンツィオ /イウウァヌム /イエージ /ヴィラ・アドリアーナ /ヴィラ・ポテンツァ /ヴェイオ /ヴェナーフロ /ヴォルテッラ /ヴルチ /ウルビーノ /ウルブス・サルヴィア /オージモ /オスティア・アンティカ /ガエータ /カステル・ガンドルフォ /カッシーノ /カパルビオ /ガビイ /カメリーノ /カーリ /カルスラエ /キウージ /キエティ /グアルド・タディーノ /ゴーラ・デル・フルロ /グッビオ /コーリ /コルフィニオ /サンタ・マリア・ディ・カンネート /サンタ・マリネッラ /シエナ /ジャンヌートリ島 /スアーザ・セノヌム /スカウリ /スートゥリ /スビアーコ /スペッロ /スペルロンガ /スポレート /スルモーナ /セピヌム /セプテンペダ /タラモーネ /チヴィタヴェッキア /チェーチナ /ティヴォリ /テラチーナ /テーラモ /テルニ /トゥスクルム /トッレ・アストゥーラ /トーディ /ナルニ /ネーミ湖 /ノルチア /パレストリーナ /ピエトラッボンダンテ /ピエンツァ /ピオーラコ /ピサ /ファーノ /ファレリア /ファレリイ・ノウィ /フィウミチーノ /フィエーゾレ /フィレンツェ /フェルモ /フェレンティーノ /フェレント /フォルミア /プラータ・ダンシドニア /プリヴェルノ /フロジノーネ /ベヴァーニャ /ペーザロ /ペルージア /ボルセーナ /マッサチュッコリ /マリアーノ・イン・トスカーナ /ミントゥルナエ /ラヌーヴィオ /ラリーノ /ルークス・フェーローニアエ /ルッカ /ルーニ /ルニャーノ・イン・テヴェリーナ /レカナーティ /レ・グロッテ /ロゼッレ | アクイーノ【アクイヌム】 | トラヤヌス帝時代の詩人ユウェナーリスの故郷 | |
| サン・ロレンツォ門 | |||
| 劇場 | |||
| 円形闘技場 | |||
| カピトリウム | |||
| 市壁 | |||
| マルカントニオ凱旋門 | ローマの栄誉を記念する建造物 | アスコリ・ピチェーノ【アスクルム】 | 紀元前3世紀初頭にローマと同盟を結んだが、前268年にはローマに征服された |
| ソレスタ橋 | 紀元前後の建造。トロント川に架かる橋のアーチの径は25m以上 | ||
| 劇場 | |||
| ジェミーナ門 | 前1世紀建造、2つの半円筒ヴォールトをもつ。サラーリア街道はここから街に入っていた | ||
| 城壁 | ジェミーナ門を越えたところ | ||
| ソレスタ門 | アンヌンツィアータの丘にある。教会前の広場を少し下ったところ | ||
| カピトリウム | |||
| チェッコ橋 | 市の東端で橋脚の遺構を見ることができる。第2次世界大戦中に破壊された | アッシジ | 現在のコムーネ広場の位置にフォロがあり、これを中心に栄えた |
| ミネルヴァ神殿 | 前1世紀建造。コリント式の柱を6本有する神殿 | ||
| 円形劇場 | コムーネ・ヴェッキオ通り沿い。帝政時代初期の建造 | ||
| 公共広場 | 市立博物館内。ここの石畳の一部は建造当時のものである | ||
| 劇場 | 帝政時代初期の建造。トッリオーネ通りにあり、3つのアーチを持つ | ||
| 城壁 | ヴェスコヴァード広場のサンタ・マリア・マッジョーレ教会に隣接する庭から見られる | アトリ | (*)情報提供:はにわさん |
| 貯水槽 | (*) 教区博物館内。浴場に給水していた貯水槽(2世紀)から造られた貯水庫がある | ||
| 床 | (*) | ||
| 浴場 | 大聖堂の正面の広場から見ることができる | アナーニ | サトゥルヌス神によって創設されたという言い伝えがある |
| 城壁 | 前2世紀末建造。ピシーナ通りの公園の近くと、ダンテ通りに断片的に遺る | アミテルヌム | もとはサビーニ族の都市。歴史家サルスティウスの誕生の地でもある |
| 劇場 | |||
| 円形闘技場 | |||
| 浴場 | アメリア | ||
| 城壁 | 前6〜4世紀に造られたもの。ローマ時代と中世に手が加えられている | ||
| 貯水槽 | マッテオッティ広場の下. それぞれが連続している10室に分けられている | アルデア | |
| 城壁 | |||
| ヴィーナスの神殿 | |||
| ユノ神殿 | 教会の向かい。外壁の一部が見られる | アルバーノ・ラツィアーレ【アルバ・ロンガ】 | アエネアスの息子アスカニウスが創設した街。ロムルスの誕生地 |
| チステルノーネ | 今もなお利用されている1万m3の容量がある地下貯水池。セプティミウス・セウェルス帝の命により野営地用に建設された | ||
| ホラティウスとクリアスティウスの墓 | 伝説上のこれらの墓であると広く信じられているが、その年代については不明 | ||
| プレトーリア門 | セプティミウス・セウェルス帝による野営地への正門 | ||
| 城壁 | |||
| 軍団兵の住居 | |||
| 塔 | |||
| 円形闘技場 | 3世紀中頃建造 | ||
| ポンペイウスの別荘 | ポンペイウスが他のどこよりも好んでいた別荘 | ||
| ポンペイウスの墓 | アルバフーチェンス | (*)情報提供:はにわさん もともとアエクイ族の地。後にローマ人が6000世帯の植民地を建設 |
|
| フォロ | (*) 柱廊が遺る | ||
| 円形競技場 | (*) サンピエトロの丘の東の斜面にある | ||
| 浴場 | (*) 暖房設備が遺る | ||
| 住居跡 | (*) | ||
| 店舗跡 | (*) | ||
| 道路 | (*) | ||
| バシリカ | 大きさは53m×24m。左側にピラストリ街道、右側にヴァレリア街道が走る | ||
| 劇場 | ヘラクレスの広場東 | アレッツォ【アッレティウム】 | テヴェレ川とアルノ川の上流を守る拠点として重要な位置を占めた |
| 円形劇場 | 1世紀末から2世紀初頭の建造 | アンコーナ【アンコナ】 | 対岸のダルマツィアへの重要な基地だった |
| 円形劇場 | |||
| トラヤヌス帝の凱旋門 | アポロドーロ・ディ・ダマスコの設計。紀元114年頃に港の拡張整備を命じたトラヤヌスを記念して建てられた | アンセドニア | 前273年から植民地となり、4〜5世紀にはすでに衰退してしまった |
| タリアータ・エトルスカ | 港へ砂が侵入するのを防ぐ働きをしていた | ||
| 港の防波堤 | タリアータ・エトルスカの正面 | ||
| 別荘 | タリアータの塔の近く | ||
| 倉庫 | タリアータの塔の近く | ||
| 居住地 | 貯水槽を数多く持つ | ||
| フォルム | |||
| 公会堂 | |||
| 神殿 | 2つある | ||
| 元老院集会所 | |||
| 市場 | |||
| 城壁 | アンツィオ【アンティウム】 | (*)情報提供:はにわさん | |
| ネロ宮殿 | (*) テラス、地下の柱廊、ハドリアヌス帝の改修したエクセドラが残されている | ||
| 劇場 | |||
| ネロの洞窟 | レンガ造りの港湾倉庫跡 | イウウァヌム | |
| フォルム | |||
| バシリカ | |||
| タベルナ | |||
| 劇場 | イエージ | ヴィラ・アドリアーナ | |
| ポイキレ | アテネのストア・ポイキレの中庭を模したもの。大きさは232×97mで、体育場の機能を果たしていた | ||
| 海の劇場 ★ | イオニア式円柱に支えられた柱廊と丸い島、両者を隔てる環状の運河からなる | ||
| 哲学者の間 | かつてギリシャの7賢人の像があったと推定されるところから、哲学者の間と呼ばれている | ||
| ヘリオカミヌス | 海の劇場の南に遺っている日光浴・温水浴用の丸い浴槽 | ||
| 皇帝宮殿 | 敷地面積は5万平方メートルで、3つのペリスティリウムを3つの建物が囲んでいる | ||
| 図書館の中庭 | 別荘の古い部分とその後の増築物の連結部である | ||
| 図書館 | 複数階建てのギリシア語図書館とラテン語図書館 | ||
| 地下柱廊 | 凝灰岩に4本のトンネルをくりぬいた共和政時代の地下柱廊 | ||
| 客間 | 白と黒のモザイクチップを用いた舗床モザイクのみられる10の小さな客室 | ||
| 皇帝の食堂 | コリント柱に囲まれた食堂 | ||
| ペリスティリウム | 互い違いの凸面と凹面をもつ八角形のペリステリウム | ||
| 夏の食堂 | ペリスティリウムの周りにある | ||
| 宮殿のニンフェウム | 半円形の大建造物 | ||
| ドーリス式角柱の広間 | 謁見や執務が行われたと思われる広間 | ||
| 黄金広場 | 皇帝宮殿の奥に位置する大きな回廊 | ||
| テムペーのテラス | |||
| テムペーのパビリオン | テムペー谷の見晴台である3階建てのパビリオン | ||
| 消防士宿舎 | 2階建ての建物。消防士宿舎は俗称 | ||
| 養魚池 ★ | 中央に大きな養魚池がある長方形で柱廊に囲まれた複合建築 | ||
| 地下廊 | 養魚池の周縁の下にめぐらされている明かり取りの穿たれた地下廊 | ||
| ニンフェウム | 長い間スタディウムと信じられてきた大きなニンフェウム | ||
| エクセドラのある建物 | 小宴会用の部屋と思われる3つのエクセドラの建物 | ||
| 大浴場 | 男性用の浴場 | ||
| 小浴場 | 女性用の浴場 | ||
| 近衛兵の宿舎 | 近衛兵の宿舎と思われていたが、現在倉庫と考えられている | ||
| カノプス ★ | 130年にナイル川で溺死した最愛の美少年アンティノウスを偲び造られた | ||
| セラピスの神殿 | 手前に半円形の大きな広間があるエクセドラのあるニンフェウム | ||
| アポロ神殿 | |||
| アカデミア | |||
| 百の小部屋 | 倉庫か奴隷の寝室として使われていた | ||
| ギリシャ劇場 | 半円形の観客席の一部と、張り出し舞台の残骸がわずかに残存している | ||
| ウェヌスの小神殿 | 柱が3本残っている | ヴィラ・ポテンツァ【ヘルヴィア・リーチナ】 | マチェラータ3km余り北 |
| 劇場 | 2世紀建造 | ||
| 街道 | トレイア峠に通じる道路に沿って、ローマ時代の石畳の道路が見える | ヴェイオ | この街はハドリアヌス帝の頃までしか生き延びなかった |
| 街道跡 | エトルリア人の街道跡に造られたローマ街道跡 | ||
| ミネルヴァ神殿 | 紀元前6〜前4世紀建造 | ヴェナーフロ【ヴェナフルム】 | もとはサムニテス族の町。ホラティウスはここが避暑地だと記述している |
| 円形闘技場 | 駅の近くにある | ||
| 劇場 | |||
| ニンフェウム | |||
| 水道 | ヴォルテッラ【ウォラテッラエ】 | エルトリア人の都市で、紀元前260年にローマの一部となった | |
| 劇場跡 | |||
| 浴場跡 | ヴルチ | エトルリア・ローマの街。ごく一部しか発掘調査されていない | |
| ヴァディア橋 ☆ | フィラオ川の深い峡谷に架かる20mの橋。現在の橋は紀元前1世紀に改築されたもの | ||
| 大神殿 | 前4世紀から帝政期にかかけて建造 | ||
| 共同住宅 | 前2〜前1世紀のもの | ||
| 地下柱廊の家 | 死者の街にある | ウルビーノ【ウルビヌム・メタウレンセ】 | もともとウンブロ-ピチェーニ族が住んでいた。ローマ化されたのは紀元前46年 | ウルブス・サルヴィア | 前1世紀に誕生したこの都市は408〜410年の間にアラリック王により滅ぼされた |
| 円形劇場 | 2世紀後半建造 | ||
| 城壁 | |||
| 地下柱廊 | 重要なフレスコ画の断片が遺る。1世紀後半の地下柱廊 | ||
| アウグスタの神殿 | サルス・アウグスタ(健康の女神アウグスタ)を奉る神殿 | ||
| 大ニッチの建物 | ウルビザリアへ上っていく道路沿い | ||
| 劇場 | ウルビザリアへ上っていく道路沿い。1世紀初頭 | ||
| 貯水池 | ウルビザリアへ上っていく道路沿い | オージモ | |
| 大噴水 | 前1世紀以前のもの。ホテル「ラ・フォンテ」のそば | ||
| 城壁 | 大噴水の上。大きな角石で築かれている | オスティア・アンティカ | |
| オスティエンセ街道 | かつてローマとオスティア港を結んでいた街道。玄武岩の舗石が今も遺る | ||
| 墓地 | 入口には役人の像が2体置かれている | ||
| ローマ門 | ドミティアヌス時代建造。現在は基部のみ遺っている。門にあったミネルヴァ=ヴィクトリア女神の像は現在ヴィクトリア広場にある | ||
| 市壁 | 前1世紀初頭、スッラにより築かれた。ローマ門の南側に100mほど遺っている | ||
| デクマヌス・マクシムス | 市心を貫いている目抜き通り | ||
| ヴィクトリア広場 | 有翼の女神像が立っている | ||
| 馭者の浴場 | 共和政期の建物を帝政期に改造されたもの。モザイクが遺っている | ||
| 海神ネプチューンの浴場 | ハドリアヌス建造。ネプチューンとアムピトリテの美しいモザイクがある | ||
| 消防士宿舎 | ハドリアヌス時代につくられた消防士の宿舎。モザイクが遺っている | ||
| 縮絨および洗濯業者の建物 | 消防士宿舎の裏側。洗い場が遺っている | ||
| 劇場 | 前1世紀、アグリッパにより建造。収容人数約3000人 | ||
| 同業者組合のフォルム | 同業組合が奉納した白黒のモザイクで有名なフォルム | ||
| 共和政期の4神殿 | 前1世紀初め、ケレス・スペス・ウェヌス・フォルトゥーナに捧げられた小神殿 | ||
| 七天体のミトレウム | 2〜3世紀、オスティアで祀られていた17のミトレウムの一つ | ||
| 大穀物倉庫 | オスティア市内の各地に穀物やオイルを貯蔵できるよう造られた倉庫 | ||
| 兵営の囲い跡 | 前4世紀にさかのぼる石積みの兵営の囲い跡 | ||
| パン屋 | 石臼が遺っている | ||
| ディアナの家 | 中庭にディアナを描いた陶板が飾られた家 | ||
| 居酒屋 | 大理石のカウンター、皿洗い用の水槽、フレスコが遺っている | ||
| フォルム | オスティアの政治の中心地。現在の広場はハドリアヌス時代のもの | ||
| カピトリウム | 2世紀建造。階段と、聖像安置室のある基壇部が現存している | ||
| 女神ローマとアウグストゥスの神殿 | ティベリウス建造。ローマ女神の像と、有翼の勝利の女神像をいただく破風の一部がのこっている | ||
| 公衆便所 | 石の台座がずらりとコの字に並んだ公衆便所 | ||
| フォルムの浴場 | アントニウス・ピウス時代に完成し、5世紀まで使用されていた | ||
| バシリカ | ドミティアヌスあるいはトラヤヌスが建てた柱廊に囲まれたバシリカ | ||
| 円形神殿 | 3世紀建造。皇帝崇拝のための円形神殿 | ||
| クリア | カピトリウムの西に遺っている | ||
| ラレスの祠のあるインスラ | 守護神ラレスを祀った祠のあるインスラ | ||
| 魚屋 | 大理石の台と水槽が遺っている | ||
| 肉屋 | |||
| 共和政期の神殿群 | 前3世紀時代の聖域 | ||
| ブティコスス浴場 | モザイクにブティコススという名前入りの肖像が遺る小浴場 | ||
| エパガトゥスの穀物倉庫 | エパガトゥスとエパフロディトゥスという3世紀の裕福な解放奴隷のもの | ||
| エロスとプシュケの彫像がみつかった邸宅 | ニンフェウムには列柱が遺っている | ||
| セラピスのインスラ | エジプト神セラピスの壁画があるインスラ | ||
| 七賢人の浴場 | 七賢人が整腸の極意を述べる壁画をもつ浴場の丸い発汗室が遺っている | ||
| 駆者の壁画をもつインスラ | 4頭立て馬車の壁画が遺っている | ||
| トリナクリアの共同浴場 | フォーチェ通りの西の外れに遺っている | ||
| 皇帝の宮殿 | アントニウス・ピウス時代に建てられ、現在発掘が進められている | ||
| ミューズのインスラ | 帝政期中期に建てられた最も豪華な住宅のひとつ | ||
| 庭園をもつ2世紀の家 | 2つのブロックにわかれた8つの住居が共同の緑地をはさんで向かい合っている庭付きの家 | ||
| トラヤヌス組合 | トラヤヌスの彫像が見つかったためにトラヤヌス組合と呼ばれる船大工の集会所 | ||
| 大地母神の神域 | 帝政期建造 | ||
| フォルトゥーナ・アンノナリアの家 | もとはインスラであり、2世紀に豪邸に改造された | ||
| アウグストゥス信奉会 | アウグストゥスを崇める会の建物 | ||
| ホルテンシウスの穀物倉庫 | 1世紀建造 | ||
| 井戸 | 町が寂れ、水道が壊れて使えなくなった5世紀に掘られたもの | ||
| ポルタ・マリーナ | 古代にはこの門の外側まで市街地が延びていたが、その先はもう海だった | ||
| フォロ(ポルタ・マリーナの外) | |||
| カルティリウス・ポプリコラの墓 | オスティアの有力者の墓。権力の象徴、束桿が彫られている | ||
| ポルタ・マリーナ浴場 | トラヤヌスあるいはハドリアヌス時代に完成し、6世紀まで使われていた | ガエータ | |
| ルキウス・ムナティウス・プランクの霊廟 | 要予約。カエサルの武将により建てられた円筒形の葬祭建造物 | カステル・ガンドルフォ【アルバ・ロンガ】 | |
| ドミティアヌス帝の別荘跡 | アルバーノ湖まで広がる広大な敷地に遺る | ||
| ニンファエウム | |||
| 劇場 | カッシーノ【カシヌム】 | もとは、オスク=ウンブリア語族の定住地 | |
| 円形闘技場 | 1世紀後半建造 | ||
| 劇場 | アウグストゥス帝時代のもの | ||
| 城壁 | カパルビオ | アンセドニア近郊 | |
| ローマ時代の遺構 | サン・ニコラ教区教会に遺っている | ガビイ | |
| ユーノー女神の神殿 | カメリーノ | ||
| 地下の柱廊玄関 | 市庁舎の中庭の先の劇場の舞台下に遺っている | カーリ | |
| マッリオ橋 | 26個のくさび石を用いたアーチを持つ橋。アウグストゥスの時代に修復されている | カルスラエ | サン・ジェミニ北4km |
| サン・ダミアーノの門 | フラミニア街道沿いの居住区の門であった | ||
| 墓碑 | |||
| 街道 | |||
| 公共広場 | |||
| 円形劇場 | |||
| 浴場 | キウージ | 旧市街にはローマ時代の都市の構造が見られる | |
| 貯水槽 | おそらく前1世紀のもの | キエティ | 古代都市テアテは前1世紀にローマ市民権を得る |
| 小神殿 | 1世紀のものと考えられる小さな神殿が3つある | ||
| 劇場 | 観客席の左横部分が遺る | ||
| 浴場 | 帝政期のもの | ||
| 貯水槽 | 丘に掘られた9つの部屋からなる | グアルド・タディーノ【タディヌム】 | フラミニア街道近くの平野部にあった | グッビオ【イグヴィウム】 |
| 劇場 | |||
| 墓地 | ゴーラ・デル・フルロ | フォッソンブローネ南西へ10km。ローマ時代の古い幹線道路に面している | |
| フルロトンネル | 全長177m。フラミニア街道への連絡を容易にするために76〜77年に掘られたもの | コーリ | |
| カテーナ橋 | テッピア川に架かる共和政時代の橋 | ||
| カストルとポリュデウケスの神殿 | 前89年以降に再建されている | ||
| ヘラクレスの神殿 | スッラの時代に建造。8本のドーリス式円柱がみられる | コルフィニオ【コルフィニウム】 | 前90〜89年、ローマに対して反乱を起こした古イタリア種族の首都として知られる |
| 住宅跡 | モザイク床が遺る | サンタ・マリア・ディ・カンネート | |
| 別荘 | 3世紀か、4世紀初め | サンタ・マリネッラ | |
| 橋×2 | アウレリア街道沿いに、1910年に修復された橋が遺る | シエナ【セーナ・ユーリア】 | 伝説ではロムルスの双子の兄弟のレムスの息子セニウスとアスキウスが北方に逃れてシエナを建設したと言われる | ジャンヌートリ島 | ジリオ島から南東へ8海里 |
| 別邸 | 1世紀建造 | スアーザ・セノヌム | ガリアのセノネス族の都市であったが、その後ローマの都市になった |
| 円形劇場 | |||
| 貴族の館 | モザイク張りの床がある | スカウリ | エミウリス・スカウロスよりこの名がついた |
| 城壁 | |||
| エミウリス・スカウロスの別荘 | 同ローマの執政官の別荘 | スートゥリ | 街の名はエトルリア語で土星を示すストリナに由来している (*)情報提供:はにわさん |
| 円形競技場 | (*) 凝灰岩の中に掘られている。建造時期は、エトルリアの時代か前1世紀中頃 | スビアーコ | |
| ネロ帝の別荘跡 | 1世紀に建てられた複合建造物の遺構。ネロ帝の別荘と考えられている | ||
| 浴場 | スペッロ | スバジオ山の麓に沿って広がる町 | |
| アウグストゥスの凱旋門 | 古代ローマのアクロポリスへの古い入場門 | ||
| ヴェーネレ門 | もともとは2重の防壁と3つの円筒形ヴォールトからできていた | ||
| 円形劇場 | ウルピカ門から北へ2.5km。1世紀建造 | スペルロンガ | |
| ティベリウス帝の私邸 | 洞窟内にある。建物は共和政後期にはおそらくすでに存在していたが、ティベリウス帝の時代に拡張され美しい建物となった | スポレート | フラミニア街道の整備により栄えた |
| 劇場 | 紀元1世紀建造 | ||
| ドゥルススのアーチ | 紀元23年建造。トラヴァーチンでできている | ||
| ローマ時代の邸宅の遺構 | 1世紀のもの。パラッツォ地下にある | ||
| 円形劇場跡 | |||
| 神殿跡 | 教会の一部に組み込まれている | ||
| モンテローネ門 | ドゥーキ通り。一部は半分地下に埋もれたまま。前1世紀のもの | ||
| 豪壮な建物 | |||
| 長い歩廊を持つ建物 | 大司教館の敷地にある。前1世紀建造 | ||
| 城壁 | 前4〜5、3世紀のもの | ||
| サングイナリオ橋 | アウグストゥスの時代に造られた3連アーチの橋。川の流れが変化し、現在は土中に埋まっている | スルモーナ | |
| 別邸 | 市立博物館の地下にある | ||
| クリーノのヘラクレス神殿 | 前1世紀中頃のもの | セピヌム【セピヌム】 | 1世紀の都市。城壁内に遺跡が遺る |
| 城壁 | |||
| 住宅 | |||
| 劇場 | |||
| バシリカ | |||
| フォルム | グリフォの泉水がある | ||
| 公衆浴場 | |||
| 4つの門 | 巨大なボヤーノ門、ベネヴェント門など | ||
| 2つの霊廟 | 城壁の外にある | セプテンペダ | サン・セヴェリーノ・マルケ東へ1km。前2世紀の都市 |
| 城壁 | いくつかの塔が付いている | ||
| 公共の建築物 | |||
| 浴場 | タラモーネ | ||
| 神殿 | ここで、オイディプスとテーベと戦う7つの丘のローマ都市の伝説を表したペディメントが発見された | チヴィタヴェッキア【ケントゥムチェッラエ】 | トラヤヌス帝時代の港町 |
| ダルセ・ロマーナ | 古代ローマのドック。トラヤヌス帝の港の倉庫の遺構がある | ||
| タウリーネ浴場 | |||
| 古代ローマの別荘 | 皇帝が所有した大きな複合建築。共和政から帝政時代にかけての建造 | チェーチナ | |
| 別邸 | サン・ヴィンチェンツィーノ地区内 | ティヴォリ【ティブル】 | 避暑地として利用されていた |
| ヴェスタの神殿 | 前2世紀の円形神殿で、環状回廊のコリント式円柱は18本のうち10本が遺っている | ||
| シビラの神殿 | 前面に4本のイオニア式円柱(うち2本が現存)をもつ長方形の建物 | ||
| メンサ・ボンデラリア | 公共計量所。おもりや、容積を記した大理石の板が遺っている | ||
| 円形闘技場 | 2世紀建造 | ||
| クィンティリウス・ヴァロの別荘 | 共和政末期から2世紀にかけて建造 | ||
| ルカヌス橋 | 石灰華の5拱門式の橋。何世紀もの間戦略上の要地だった | ||
| プラウティウス家の墳墓 | 前1世紀の円筒形の墓廟で、表面は石灰華で仕上げてある | テラチーナ【アンスクルス】 | (*)情報提供:はにわさん |
| ユピテル・アンクスル神殿(ジョーヴェ神殿) | (*) 前1世紀に建立。基壇、アーチ、長さ60mの地下歩廊からなる平土間の基礎部が遺る | ||
| フォーロの舗装 | (*) アウグストゥス帝時代につくられた石畳が遺る | ||
| 記念建造物 | ローマ劇場の舞台裏の通路になっていた柱廊 | ||
| ユピテル神殿 | 前1世紀半ば建造。3つの聖像安置室をもつ | ||
| トラヤヌス帝時代のローマの港 | |||
| 円形闘技場 | |||
| 浴場 | 紀元1世紀のもの | ||
| ネプチューン浴場 | |||
| ピスコ・モンターノ ☆ | トラヤヌス帝が、海に張り出した高さ100mほどの大絶壁を、街道が海沿いを通れるようにと切り開いたもの | ||
| テラチーナの記念門 | テーラモ【インテラムニア】 | ||
| 劇場 | 帝政期に建造 | ||
| 円形闘技場 | 前1世紀建造 | ||
| 住居跡 | サンタンナ教会内部にある。舗床モザイクが遺る | テルニ | かつては都市を南北にフラミニア街道が貫いていた |
| 円形劇場 | 1世紀建造。収容人数1万人 | ||
| 城壁 | 旧ロマーナ門の近く | トゥスクルム【トゥスクルム】 | もとはラティニ族の都市。帝政時代には別荘地であった |
| ティベリウス帝の別荘 | |||
| 円形闘技場 | |||
| 劇場 | 観客席が遺る | ||
| フォルム | |||
| 貯水槽 | 尖塔アーチ形ヴォールトを持つ | トッレ・アストゥーラ | |
| ローマ人の別荘 | キケロのものといわれている遺跡が水面から顔をのぞかせている | トーディ | |
| 劇場跡 | |||
| ニッチオーニ・ロマーニ | トラヴァーチンをもちいた大壁龕 | ||
| 井戸 | かつてフォロがあったポポロ広場の地下に遺る | ナルニ | ネルヴァ帝の生まれた地 |
| ローマ橋 | アウグストゥス帝が前27年に架けさせた | ネーミ湖 | かつては「ディアナの鏡」と呼ばれていた |
| ディアナの聖所記念堂 | 半円形の大壁龕のある城壁の遺跡 | ノルチア【ヌルシア】 | |
| 住居 | 聖ベネディクトゥスと聖スコラスティカの家であったと言い伝えられている | パレストリーナ【プラエネステ】 | |
| 財務局 | |||
| 城壁 | |||
| 貯水槽 | 紀元前2〜前1世紀頃のレンガ造りの貯水槽 | ||
| 住居 | |||
| 商店 | |||
| 皇帝の別荘 | 2世紀の建築物。ハドリアヌス帝の別荘として知られる | ピエトラッボンダンテ | 紀元前89年の同盟都市間戦争ののちローマの植民地となった |
| 神殿 | 大神殿の基部や小神殿の柱廊が遺る | ||
| 商店 | |||
| 劇場 | 丘の中腹を削って造られたもの | ピエンツァ【コルシニャーノ】 | 起源は不明 | ピオーラコ【プロラクエム】 | サン・セヴェリーノ・マルケ南東19km |
| マルモーネの橋 | 国道の橋の脇。15世紀に修復された | ピサ【ピサエ、ユリウス・オブセクエンス】 | 海軍の拠点として知られていた |
| 城壁 | 奇跡の広場の北端に街の城壁がある | ||
| ネロの風呂 | 2世紀のもの。古代ローマの温泉の遺跡 | ファーノ【ファヌム・フォルトゥナエ】 | フラミニア街道はここで海岸線に出ている |
| アウグスト門 | アウグストゥスに敬意を表して2世紀に建造。中央の半円筒ヴォールトと脇の小さな半円筒ヴォールトが2つある | ファレリア【ファレリオ・ピセヌス】 | ファーノから南西へ23km。ローマ時代に築かれた都市 |
| 円形劇場 | |||
| 別邸 | |||
| 墓碑 | |||
| 劇場 | ファレリア近郊。煉瓦造りの劇場(直径82.5m) | ファレリイ・ノウィ | ファレリイ・ウェテレスの滅亡(前241年)の後、建設された |
| 城壁 ☆ | 全長2108m、50基の塔と9つの城門を備える城壁が全区間残っている | フィウミチーノ | |
| トライアヌス帝の港 | 103年トライアヌス帝が建設した六角形のドック | フィエーゾレ【ファエズラエ】 | |
| 劇場 | 帝政初期建造 | ||
| 浴場跡 | 帝政初期建造 | ||
| 神殿跡 | フィレンツェ【フロレンティア】 | スッラ〜カエサルの時代に渡りつくられた植民都市 | フェルモ |
| 貯水槽 | 30槽からなっている。雨水を貯めて浄化する目的で41〜60年にかけて造られた | ||
| 倉庫 | 考古学博物館はローマ帝政初期の古い倉庫に設けられている | フェレンティーノ | |
| 城壁 | スッラの時代に一部再建されている | ||
| 市場 | 要予約。共和政時代のもの。大アーチを持つ5つの店がそれぞれ筒形ヴォールトを被っている | ||
| 彫像の台座とマイルストーン | マッツィーニ広場の南側 | ||
| 劇場 | 2世紀建造 | ||
| マッジョーレ門 | 2重アーチの2つの開口部からなるスッラの時代に造られた門 | ||
| サンタガタ門 | 帝政時代に造られた切石積みの門 | フェレント【フェレンティウム】 | もとはエトルリア人の街 |
| 劇場 | 1世紀建造 | ||
| 街道 | |||
| 浴場 | フォルミア【フォルミアエ】 | (*)情報提供:はにわさん キケロが没した地 |
|
| キケロの墓 | (*)キケロが埋葬されていると言い伝えられている | ||
| 養魚池 | (*) 現在はヴィッラ・コムナーレになっている | ||
| フォロ | (*) | ||
| 円形闘技場 | (*) | ||
| 別荘跡 | (*) キケロの別荘と考えられている | ||
| 浴場 | ヴィットリ広場の近く | ||
| 劇場 | 一部は、上に建つ住居を支えている | プラータ・ダンシドニア【ペルトゥイヌム】 | もとはウェスティニ族の街 |
| 防壁 | |||
| 劇場 | |||
| モザイクのある家 | プリヴェルノ【プリウェルヌム】 | (*)情報提供:はにわさん | |
| 住居跡 | (*) | フロジノーネ | |
| 円形闘技場 | ベヴァーニャ | 古くはメヴァニアという地名だった。当初はウンブリア人、後にローマ人たちの町となった | |
| 神殿 | 2世紀のものと思われる | ||
| 城壁 | 1世紀のもの。約2kmにわたって町を囲んでいる | ペーザロ【ピサルム】 | 前184年、古代ローマが入植者達をこの地に送り込んだ | ペルージア |
| 浴場のモザイク | 紀元2世紀頃のもので、オルフェウスの伝説をテーマとしている | ||
| アウグストゥスの門 | エルトリア時代の門。上のアーチはローマ時代に付け足されたもの | ||
| 水道跡 | (*)れいさん情報:かつての水道橋の導水路部分が現在は道になっている | ||
| マルツィアの門 | 市壁に凝るローマ時代の門 | ボルセーナ【ウォルシニイ】 | |
| 浴場 | 1世紀建造 | ||
| フォルム | フラウィウスの時代のもの | ||
| 別荘 | 3世紀のものと、紀元前30年のものがある | マッサチュッコリ | |
| 浴場 | 120年建造 | ||
| 別荘 | 前2世紀建造 | マリアーノ・イン・トスカーナ | エトルリアの古代都市ヘバを起源とする | ミントゥルナエ【ミントゥルナエ】 | アウソネス人の街で、のちにローマに植民地化された |
| 劇場 | アウグストゥス帝時代のもの | ||
| 水道橋 | 街道沿いに1世紀建造の水道橋の拱門が延びている | ||
| フォルム | |||
| 神殿 | 共和政時代及び帝政期のもの | ||
| 浴場 | |||
| 城壁 | ラヌーヴィオ | ||
| ユーノー女神の神殿 | ラリーノ【ラリヌム】 | ||
| 城壁 | |||
| 円形闘技場 | レンガ造りの壁が現存する。1世紀の建造 | ||
| 別邸 | 古代ギリシア風。舗床モザイク(前2〜後2世紀)が重要 | ルークス・フェーローニアエ【カペーナ】 | この地にあったフェーローニア女神の聖域をハンニバル軍が掠奪したことで知られている |
| フォルム | |||
| 円形闘技場 | 小規模 | ||
| ウォルシウス一族の別荘 | 前1世紀前半建造 | ルッカ | |
| 円形劇場跡 ☆ | 劇場跡は周囲の建物に認められる | ||
| 城壁 | 前2世紀のもの | ルーニ | リグーリアとエトルリアの境界に、前177年に築かれた |
| 劇場 | 2世紀建造。6000席の観客席が現存している | ||
| 公共広場 | 80m×37m | ||
| ディアナ神殿 | |||
| モザイクの家 | |||
| フレスコ画の家 | ルニャーノ・イン・テヴェリーナ | アメリア北西へ10.5km | |
| 邸宅 | 2世紀のもの | レカナーティ【リチニア】 | 起源はローマ植民地リチニア、又はポテンツァ渓谷にあったヘルヴィア・リーチナ | レ・グロッテ | ポルトフェッライオ東へ5km |
| 別荘 | 帝政期のもの | ロゼッレ | エトルリア起源、前3世紀末にローマに征服された |
| 公共広場 | |||
| カルド・マクシムス | |||
| 法廷集会堂 | 帝政期のもの | ||
| 住居 | 支配層のもの | ||
| 劇場 | 丘の上。小規模なもの | ||
| 浴場 | 丘の上 | ||
| イタリア南部(46,185) | |||
| ▼INDEX アナカプリ /アニャーノ・テルメ /アベッリヌム /イスキア島 /ヴィーボ・ヴァレンティア /ヴェノーサ /エニャツィア /エルコラーノ /カステル・ヴォルトゥルノ /カノーサ・ディ・プーリア /カプリ /カレス /カンネ・デッラ・バッタリア /クーマ /グルメントゥム /サン・カタルド /サンタ・マリア・カプア・ヴェーテレ /スコラキウム /セッサ・アウルンカ /チレッラ・ヴェッキア /テアーノ /テレジア /トッレ・アヌンツィアータ /ナポリ /バイア /バイア・ドミツィア /パエストゥム /バコリ /バーリ /ファイッキオ /ブリンディシ /プルサーノ /ベネヴェント /ヘルドニアエ /ポッツォーリ /ポンペイ /マリーナ・グランデ /マリーナ・ディ・ジョイオーサ・ヨーニカ /ミノーリ /メリヌム /リテルヌム /ルチェーラ /ルディアエ /レッジョ・ディ・カラーブリア /レッチェ /ロクリ | アナカプリ | ||
| ローマ人の別荘 | アナカプリの北西2km。紀元前1世紀の別荘 | アニャーノ・テルメ | |
| 浴場 | スピーナ山の斜面に遺る。非公開 | アベッリヌム | アトリパルダから東へ4km。サムニウム族、ついでローマ人が支配した小都市 |
| 住居 | |||
| 浴場 | |||
| 円形闘技場 | イスキア島 | ||
| 水道橋 | イスキア島内陸部東側、ピラストリに遺る | ヴィーボ・ヴァレンティア【ウァレンティア】 | |
| 浴場 | サンタロエ地区に遺る。多色の舗床モザイクが施されている | ヴェノーサ【ヴェヌージア】 | アッピア街道が通っていたが、トラヤヌス帝により北側に移動させられた |
| オラツィオの家 | 2世紀の貴族の邸宅 | ||
| 円形劇場 | 1世紀建造 | ||
| 浴場 | 複数の部屋からなり、舗床モザイクの断片を残す大浴場施設 | ||
| 住宅跡 | 前2世紀に建てられ帝政時代に再建された | ||
| マルケルスの墓 | 「イタリアの剣」と呼ばれたマルケルスの墓。メルフィ通り近くの共和政時代の廃墟に遺る | エニャツィア【エグナティア】 | アッピア=トライアーナ街道が通る古い街 |
| 家屋や商店 | ローマ帝政時代のもの | ||
| 公共広場 | 凝灰岩の石畳、柱廊、演壇が設けられている | ||
| 円形劇場 | |||
| 東洋の神々の礼拝所 | ラテン語の奉納文が書かれ、楽器の彫刻を施した祭壇がある | ||
| 集会堂 | 柱廊が遺る。三美神のモザイクはここにあった | ||
| アッピア=トライアーナ街道 | 街でただ1本、石畳で舗装された通り | ||
| 礼拝所 | アッピア=トライアーナ街道を挟んで反対側にある | ||
| 地下柱廊 | おそらく公共の穀物倉庫と思われる(前2〜前1世紀) | ||
| 墳墓 | |||
| 貯水槽 | アクロポリスの北側にかつてあった港の沿岸部に遺る | エルコラーノ【ヘルクラネウム】 | |
| アルゴスの家 | |||
| 旅籠の家 | |||
| 骸骨の家 | |||
| モザイクの中央広場の家 | |||
| 格子垣の家 | |||
| 板仕切りの家 | |||
| 浴場 | |||
| 2つの中央広場の家 | |||
| 円柱廊のある家 | |||
| 皇帝崇拝祭儀会の家 | |||
| サムニウム族の家 | |||
| 大きな扉口の家 | |||
| ネプチューンとアムピトリテーの家 | |||
| 黒いサロンの家 | |||
| デクマヌス通り | |||
| アーチ | |||
| バシリカの中央広間 | |||
| 200年祭の家 | |||
| カルディーネ通り | |||
| 体育場の上の部屋 | |||
| ピストリヌム | |||
| 公共の泉 | |||
| 店 | |||
| 体育場 | |||
| 鹿の家 | |||
| テレフォスのレリーフの家 | |||
| 宝石の家 | |||
| マリーナ門 | |||
| 郊外の浴場 | |||
| 祭壇 | |||
| 劇場 | カステル・ヴォルトゥルノ | モンドラゴーネ近郊 | |
| ドミティアーナ街道と古代の橋 | ランゴバルド時代の城に組み込まれている | カノーサ・ディ・プーリア【カヌージウム】 | |
| ローマの橋 | 西へ2.5km。帝政時代のもので、オファント川に架けられている | ||
| ローマのアーチ | 西へ1km。2世紀建造のレンガ造りの半円筒ヴォールト | ||
| 墳墓 | 西へ1km | カプリ | |
| ヨーヴィス荘 | ティベリウス帝が建てさせた。浴場等が遺る | ||
| 燈台跡 | ティベリウス帝時代のもの。ヨーヴィス荘へ向かう途中にある | カレス | カルヴィ・ヴェッキア近郊 |
| 円形劇場 | |||
| 浴場 | |||
| 劇場 | |||
| 神殿 | |||
| 墳墓 | カンネ・デッラ・バッタリア | 紀元前216年8月、ローマ軍がハンニバル率いるカルタゴ軍との戦った地 | |
| 家や商店、道路 | 網の目状に舗装道路が直角に交わっている | ||
| 墓碑 | |||
| マイルストーン | クーマ | スッラ引退の地 | |
| 浴場跡 | ユピテル神殿の北側。1世紀末建造 | ||
| ユピテル神殿 | 公共広場の西側。紀元前3世紀建造 | ||
| 公共広場 | 前2〜前1世紀に整備され、二重の柱廊が周囲を囲んでいた | ||
| 円形闘技場 | 非公開。前2世紀末建造。階段状に作られた耕作地の跡が遺る | ||
| フェリーチェ門 | 1世紀建造。街に通じるドミティア街道に設けられた記念門 | ||
| 塔 | |||
| コッチェイオの洞窟 | 非公開。まっすぐな地下道で、アグリッパが前1世紀にユリウス港を開港したアヴェルノ湖とクーマを結んでいた | グルメントゥム【グルメントゥム】 | カルタゴ軍との戦いの場にもなった重要な植民都市 |
| 劇場 | 1世紀建造 | ||
| 集会場 | 柱廊が遺る | ||
| 噴水跡 | |||
| 円形劇場 | |||
| 公共浴場×2 | サン・カタルド | レッチェから北東13kmの海岸 | |
| ポルト・アドリアーノ | 2世紀建造。ハドリアヌス帝の港。防波堤と突堤が遺る | サンタ・マリア・カプア・ヴェーテレ | 古代ではナポリよりも重視されたアッピア街道上の拠点 |
| カンパーニアの円形劇場 ☆☆ | 1世紀末から2世紀初頭の建造。169m×139m。かつて4層あったが現在は2層のみ | ||
| アドリアーノ門(カプアの門) | ハドリアヌスにより建造。3本の角柱とアーチが遺る | ||
| ミトレオ | 保存状態の良いミトラ教の記念建造物。地下には席とフレスコ画が遺る | ||
| カルチェリ・ヴェッキ ☆ | カゼルタに通じる道路沿いに遺るカンパーニア州最大の霊廟 | ||
| コノッキア | 同じく道路沿いに遺るローマ人の墓 | スコラキウム | |
| 劇場 | |||
| 円形劇場 | |||
| 浴場 | |||
| 公共広場 | セッサ・アウルンカ | ||
| 城壁 | アルド・モーロ通りに沿って数カ所遺っている | ||
| 劇場 | 前1世紀建造。一部は構築され一部は丘にもたれかかる形 | ||
| 地下柱廊 | 前1世紀の建造物で3本に廊下がつながった全長120mの地下柱廊 | ||
| フォロ | 帝政時代の泉水の痕跡が遺る | チレッラ・ヴェッキア | |
| チレッラの墓廟 | 帝政時代の壮大な墳墓 | テアーノ | |
| 劇場 | レ・グロッテ地区に遺る。要申し込み | テレジア | サムニウム族の街で、後にローマ化した |
| 城壁 | 長さ2.5km | ||
| 円形競技場 | |||
| 劇場 | |||
| 円形劇場 | トッレ・アヌンツィアータ | ||
| ポッペアの別荘 | 起源は前1世紀、62年の地震で崩壊した。ネロ帝の妃ポッペアの別荘 | ||
| 貴族の別荘 | ワインの貯蔵庫か大商店に改造された。アンフォラが大量に発見されている | ||
| 浴場 | ヌンツィアンテ・ヴェスヴィオ火山温泉に遺る | ナポリ【ネアポリス】 | 前326年ローマの同盟都市となり、前90年ムニチピウムになる |
| ローマ遺跡の発掘現場 | 小道やアエラリウム(街の宝物庫)が確認されている | ||
| ディオスクロイの神殿 | サン・パオロ・マッジョーレ教会の階段頂上に高さ11mの円柱2本が遺る | ||
| ウェルギリウスの墓 | アウグストゥス帝時代の納骨所。前1世紀の地下道(非公開)がある | ||
| ヴェディオ・ポッリオーネ荘 | ナポリ南西のガイオーラ村にあり、劇場と音楽堂が遺る | バイア | かつてふんだんに湧いていたバイアの温泉に、皇帝や上流階級が訪れた |
| カエサルの別宅跡 | 現在、この上にバイア城が建っている | ||
| メルクリウスの浴場 | 前1世紀のもので、セヴェルス帝の時代に拡張された | ||
| ウェヌス神殿 | 外見は八角形だが中は円形。円天井は崩れ落ちている | ||
| ディアナ神殿 | クマーナ駅から見える。セヴェルス帝の時代のもので、構造はウェヌス神殿と同じ | ||
| ネロの蒸し風呂 | 地下導管を通して、噴気孔から出た蒸気を利用していた | ||
| ローマの別荘 | バイアから4kmトッレガヴェタの岬に遺る | バイア・ドミツィア | |
| アウルンチ橋 ☆ | 21の半円アーチを配したレンガ造りの橋 | パエストゥム | 前273年、ローマがギリシア人の地にラテン人植民都市として建設 |
| 聖道 | ヘラとアテナの至聖所の近くを通ることから、この名が付けられている | ||
| フォルム | ドーリア式柱廊に取り囲まれた伝統的な長方形の形態 | ||
| 市場 | フォロの南側に位置する | ||
| クリア | 半円形のエクセドラが遺っている | ||
| カピトリウム | 上部にトリグリュフォスとメトープ装飾(戦闘の場面と馳せるマイナデス)をもつ | ||
| コミティウム | 長方形の周囲の中に円形プランの平面を持つ市民議会会場 | ||
| 円形闘技場 | 西側の湾曲部分がフォルムの右背後に認められるが、その他の部分は道の下や私有地にある | ||
| 体操場 | 聖道に近い建物の一室が使われていた | バコリ【バウリ】 | |
| アグリッピナの墓 | 実際は別荘の音楽堂で、のちにニンフェウムにつくりかえられたもの | ||
| 百の小部屋 | 共和政時代のローマの別荘 | ||
| 驚異の水槽 ☆? | ミゼーノ港の艦隊に水を補給する目的で、セリーノの水道の端に据え付けられた | バーリ【バリウム】 | 前3世紀、ローマのもとに加わるまでペウケティ人の居住地だった |
| コロッソ(巨人) ☆? | 帝政末期の皇帝(ホノリウスまたはウァレンティニアヌス1世)像といわれ、コンスタンチノープルから運び込まれた。古代彫刻では最大級のブロンズ像(高さ5m以上) | ファイッキオ | |
| ローマ橋 | ティテルノ川にかかる | ブリンディシ【ブルンディシウム】 | アッピア街道の終点 |
| ローマの円柱 | かつて2本あったアッピア街道の終点を示す円柱の1本。隣は別の記念円柱のもの | プルサーノ | |
| 別荘 | 帝政時代の別荘。非公開 | ベネヴェント【ベネヴェントゥム】 | エピルスの王ピュロスに対する勝利(前275年)で歴史に名を遺すことになる |
| 劇場 | ハドリアヌスのもと建造。舞台とトスカーナ式のアーチ25本で区切られた下段座席が遺っている | ||
| トラヤヌス帝の凱旋門 | 144年、ローマからブリンディシまで開通したアッピア街道の完成を祝って建てられた | ||
| アッピア街道のかつての終点 | 劇場近くの鉄道線路沿いに、アスファルト舗装はされているものの、アッピア街道が100m見られる | ||
| レプローソ橋 | アッピア街道を市中まで通すために架けた5つの半円形橋板をもつ太鼓橋 | ||
| サクラメント門 | ヘルドニアエ | 前1世紀から2世紀までの遺跡が出土しており、トラヤヌス帝の時代のものが多い | |
| 市場 | 保存状態がよい | ||
| バシリカ | |||
| ユピテル神殿 | |||
| 別荘 | 田舎風の別荘。現在は再び埋め戻されている | ポッツォーリ【プテオリス】 | 港湾施設や商業施設が築かれ、さらに、"観光"業も加わわり、繁栄した |
| 円形闘技場 ☆☆ | 1世紀建造。ローマとカプアの円形闘技場に次ぐ規模を誇る | ||
| 市場 | 1〜2世紀に建造された。現在その一部は海面下にある | ||
| セラピデの神殿 | |||
| ネプチューン浴場 | 2世紀前半建造。フリギダリウムのみが遺る | ||
| 霊廟 | 前1世紀〜2世紀のものと推定される14の建物からなる | ||
| ピシーナ・カルディート | 2世紀の建造の四角い貯水槽。非公開 | ポンペイ | |
| ローマ時代の家 | |||
| ローマ時代の門 | |||
| バジリカ | |||
| ジュピター神殿 | |||
| フォロ ★ | |||
| フォロの浴場 | |||
| ヴィーナスの神殿 ★ | |||
| アポロ神殿 | |||
| ヴェスパッシアーノ神殿 | |||
| 市場 | |||
| ルパレーノの娼家 | |||
| スタピアーネ浴場 ★ | |||
| イサイデ神殿 | |||
| 大劇場 ★ | |||
| オデオン ☆ | |||
| 剣闘士の宿舎 ★ | |||
| 大体育場 ★ | |||
| 野外劇場 ★ | |||
| 秘儀荘 ★ | |||
| 墓石群 ★ | |||
| フォロの穀物倉庫 | |||
| 三角広場 | |||
| 中央浴場 | マリーナ・グランデ | ||
| ティベリウス帝の浴場 | ローマ時代の傾斜した砦跡 | マリーナ・ディ・ジョイオーサ・ヨーニカ | |
| 劇場 | 帝政時代後期の遺跡 | ミノーリ | |
| 別荘 | 前1世紀建造、プールのある中庭、横臥食堂、浴場などが遺る | メリヌム【メリヌム】 | |
| 別荘 | |||
| 水道 | |||
| 水槽 | リテルヌム【リテルヌム】 | 前183年、スキピオ・アフリカヌスはリテルヌムの別荘で死んだ。リテルヌムの遺跡は非公開 | |
| 公共広場 | |||
| ユピテル神殿 | 高い基壇と再建された円柱1本がある。前2世紀建造 | ||
| 劇場 | 舞台と座席がよく残っている小さな劇場 | ||
| 円形劇場 | 町外れに造られた | ルチェーラ【ルケリア】 | サムニウム族が捕虜としたローマ人の騎兵600人を「カウディーネの山道」に閉じこめたのはここ ↓(*)文章提供:れいさん |
| 円形劇場 | (*)紀元後1世紀末に建てられた。大きさ131×99m。1932年におおがかりな修復をし、その際に大理石の扉口が再建された。入場無料 | ルディアエ | メッサピ族の町でのちにローマの自治都市となる |
| 円形劇場 | レッジョ・ディ・カラーブリア | 前280年ローマにより征服される | |
| 浴場 | 白と黒の小片による舗床モザイクが遺る | レッチェ【ルピアエ】 | アッピア街道の終点ブリンティシとトラヤヌス街道で結ばれ、商業都市とし |