| 国 | 街 | ||
| エジプト(14,24) | |||
| ▼INDEX アレキサンドリア /エスナ /カイロ /カルガ /ケナ /ダクラ・オアシス /テヒーナル・ガバル /デンデラ /ドゥーシュ /トゥナル・ガバル /バハレイヤ・オアシス /フィラエ /ルクソール /ワーディ・ナトルーン | アレキサンドリア | 前4世紀、アレキサンダー大王によって建設され、大王の死後、プトレマイオス王朝の首都がここに置かれた。女王クレオパトラを最後とし、ローマに征服される | |
| 劇場 | 直径33.5m、2世紀建造。4世紀までの間に幾度か改築。現在13段の観客席が残る | ||
| 浴場 | 劇場と同じ敷地内 | ||
| 地下水槽 | |||
| ポンペイの柱 | 高さ約27m。ディオクレティアヌス帝が建てた図書館の柱の一本とされる。かつては400本あった | エスナ | |
| クヌム神殿 | プトレマイオス朝からローマ時代にかけて建造。入口両側のレリーフはローマ時代のもの | カイロ | |
| ローマ時代の塔 | カルガ | ||
| ナードゥーラ | 2世紀建造の神殿 | ||
| 砦とネクロポリス | ケナ | 古代エジプト時代から栄えており、グレコ・ローマン時代にも栄えていた | ダクラ・オアシス |
| デーレル・ハガル | 1世紀に砂岩でつくられ、アモン、ムート、コンス神に捧げられた。壁画にはネロの名前が見られる | テヒーナル・ガバル | エル・サワーダ村から北に6km |
| ネロの神殿 | デンデラ | ||
| ハトホル神殿 | 壁にローマ皇帝が神に捧げものをする様子が描かれている。クレオパトラのレリーフには、彼女と、カエサルとの間にできた息子が浮かんでいる | ||
| イシス神殿 | ネロにより建造。壁にはイシス女神誕生のレリーフが見える | ||
| 誕生殿 | 神々の誕生が描かれている | ||
| 門 | |||
| キオスク | |||
| 診療所 | ドゥーシュ | カルガ近郊 | |
| セラピス、イシス神殿 | トラヤヌス建造 | トゥナル・ガバル | |
| 井戸 | バハレイヤ・オアシス | ||
| 井戸 | |||
| 地下墳墓 | フィラエ | アスワン | |
| トラヤヌス帝のキオスク | 天井のない小さなキオスクは、トラヤヌス帝を記念して増築されたもの | ||
| ハドリアヌスの門 | 神殿西側の石の基盤上に建てられている。ハドリアヌス帝を記念した門 | ルクソール | |
| ローマ時代の砦跡 | ワーディ・ナトルーン | ||
| 修道院 | バレンティニアン(364〜375) | ||
| リビア(9,47) | |||
| ▼INDEX アポローニャ /キュレーネ /キルザ /サブラータ /シャーハット /トゥルマイサ /トリポリ /ベンガジ /レプティス・マグナ | アポローニャ | ||
| 劇場 | 海をバックに舞台がある | キレーネ【キュレネ】 | 前96年にプトレマイオス・アピオンの死後にエジプトからローマに遺贈されると、キレナイカ属州として支配下に置かれた |
| 円形劇場 | ハドリアヌス帝時代に、ギリシア式劇場はローマ式円形劇場に変えられた | ||
| フォルム | ハドリアヌス帝時代に、ギリシア式アゴラはローマ式フォルムに変えられた | ||
| トラヤヌスの浴場 | 泉があった場所につくられた | ||
| ネクロポリス | キルザ【ギルザ】 | 植民市であり軍事基地としても重要な拠点だった。遺跡が遺っている | サブラタ【サブラタ】 | トラヤヌス帝時代にローマ植民市に昇格し、アフリカ内部から運ばれてくる物資の輸出港として栄えた (*)遺跡情報/文章提供:れいさん |
| 劇場 ☆☆☆ | (*)175〜200年建造。保存状態・修復状態共に良好。5000人収容可。3階建ての背景は、長さ23m・108本のピンクの大理石の柱により支えられている。踊り子、哲学者、ヘラクレスなど21のレリーフは必見 えみチュウさんのホームページへ えみチュウの旅行ばなし→LIBYA(2000.9.7) | ||
| フォルム | (*)365年の地震のために一度修復されている | ||
| リーベルパテルの神殿 | (*)リーベルパテルとはディオニソス神のこと。1世紀建造の古い神殿に手を加えたものらしい | ||
| イシス神殿 | (*)海沿いに建っており、コリント式の柱が数本残っている。アウグストゥス時代に建造、ヴェスパシアヌス帝時代に拡張され、後世にはキリスト教の教会として転用された。 | ||
| アントニオの神殿 | (*)90〜95年建造。のちの地方総督により、マルクス・アウレリウス帝とルキウス・ヴェルス帝に捧げられた。神殿の下にはクリプトも残っている | ||
| オセアヌスの浴場 | (*)大理石とモザイクで飾られた大変豪華な建物だった。ネプチューンの床モザイクが発見されている | ||
| ユスティヌアヌスのバシリカ | (*)海の近くにあり、サブラタのモザイクの中でも最高傑作の床モザイクが発見されている | ||
| (フォルムの南の)神殿 | (*)160年頃の建造。何の神に捧げられたかは不明だが、サブラタの中でも大きな神殿の一つ | ||
| アプレオのバジリカ | (*)地震で一度崩壊し、後に教会として転用された。最深2mの洗礼堂は5世紀に付け加えられている。数本残る柱のうち、装飾の非常に美しい柱が一本ある | ||
| クリア | (*)地震で一度再建されている。もともとの建物は1世紀に遡る。アーチとそれを支える二本の柱が修復され、壮大なアーケードの柱の一部も残されている | ||
| セラピス神殿 | (*)フォルムよりも先にあったとされ、サブラタの中でももっとも古い建物の一つ | ||
| ユピテル神殿 | (*)アウグストゥス帝時代の建造。町で最も重要な神殿であった。ユピテルの巨大な像(上半身)がここで見つかっている。16本のコリント式列柱で飾られ、ローマ三神のための地下礼拝堂が3つあった | ||
| 海の浴場 | (*)1〜2世紀建造。美しいモザイクと保存状態のよい排水装置、公衆トイレが残されている トイレ→えみチュウさんのホームページへ えみチュウの旅行ばなし→LIBYA(2000.9.7) | ||
| ヘラクレス神殿 | (*)186年に完成。中庭を取り囲むアーケードの柱は再立されたもの | ||
| (劇場の側の)浴場 | (*)2世紀半ばに建造された大きな浴場。ネプチューン、トリトン、ネレイス等のモザイクで飾られていた | ||
| 円形劇場 | (*)1万人収容可。十字状の回廊が地下に残る。木の床で覆われていたとされる | シャーハット | |
| トラヤヌスの浴場 | トゥルマイサ【プトレマイオス】 | バルカの外港として始まり、 アポロニア(現スーサ)と共にキュレナイカ地方最大の商業港となった | |
| 劇場 | |||
| 円形劇場 | |||
| 神殿 | |||
| 地下貯水場 | トリポリ【オエア】 | ||
| アレリウス凱旋門 | えみチュウさんのホームページへ えみチュウの旅行ばなし→LIBYA(2000.9.7) | ベンガジ【エウヘスペリデス】 | レプティス・マグナ【レプティス・マグナ】 | 2世紀の終わりにここで生まれたセプティミウス・セヴェルスで有名 |
| クーリア | |||
| バシリカ | 1世紀初め建造 | ||
| 旧フォルム | 1世紀初め建造 | ||
| ローマとアウグストゥスの神殿 | コリント式の列柱。アウグストゥスの劇場裏 | ||
| リーベル・パテルの神殿 | |||
| 市場 | 2つのキオスクがある市場。紀元1世紀初めに造られた えみチュウさんのホームページへ えみチュウの旅行ばなし→LIBYA(2000.9.7) | ||
| アウグストゥス劇場 ☆☆ | 紀元1〜2世紀にカルタゴ系の貴族が建設し、2世紀に改装された えみチュウさんのホームページへ えみチュウの旅行ばなし→LIBYA(2000.9.7) | ||
| セヴェルス帝のバシリカ | 壁面にはレリーフが施されている | ||
| 円柱の並ぶ通り | セヴェルス帝により建造 | ||
| セヴェルス帝のフォルム | 旧フォーラムの南側にセヴェルス帝により設けられた | ||
| セヴェルス帝のニュンファエウム | |||
| パラエストラ | |||
| 貯蔵庫 | セヴェルス帝により建造 | ||
| 灯台×2 | セヴェルス帝により建造 | ||
| ハドリアヌス帝の浴場 | 紀元2世紀にハドリアヌス帝が建造。 | ||
| セヴェルス帝の大門 | カルドとデクマヌスの交差点に建てられた四面門 | ||
| トラヤヌス帝の凱旋門 | セウェルス帝がトラヤヌスに捧げたもの | ||
| ティベリウス帝の凱旋門 | |||
| ローマ時代の城壁 | |||
| 浴場 ☆☆ | 遺跡の中心からずっと離れた海岸の砂丘の中の浴場 | ||
| チュニジア(19,94) | |||
| ▼INDEX アンマエダーラ /エルジェム /ガフサ /ガベス /カルタゴ /ケリビア /ザグーアン /スース /スベイトラ /タバルカ /チュニス /チュブルボ・マジュス /ドゥガ /ナブール /ネフタ /ブラ・レジア /ビゼルト /マクタール /ル・ケフ | アンマエダーラ | ||
| セプティミウス・セウェルス記念門 | |||
| 小さな記念門 | エルジェム【テュスドルス】 | 砂漠化が進んでいるが、かつては緑豊かな街で、オリーヴ油の貿易で繁栄していた | |
| 円形劇場 ★★★ | ゴルディアヌス3世建造。162×118×40m。3階からの光景は圧巻である SOLARISさんのページへ 遺跡地中海世界→チュニジアの遺跡→エルジェム えみチュウさんのホームページへ えみチュウの旅行ばなし→TUNISIA(2000.9.1) 土井さんのページへ 失われた文明@遺跡→チュニジア→エルジェム(El Jem) | ||
| 小さな円形劇場 | 紀元前1世紀建造。岩をくり抜いている SOLARISさんのページへ 遺跡地中海世界→チュニジアの遺跡→エルジェム | ||
| 小さな円形劇場2 | 以前の円形劇場の跡に造られている? | ||
| 浴場 | 情報求む!! | ||
| 邸宅群 | 30の邸宅が発見されている。床のモザイクは博物館に保管されている。円形劇場から北西へ400mほど | ガフサ【カプサ】 | |
| ローマ時代の浴場 | 深さ4mの浴場。天然の湧き水が今も湧いている | ガベス【タカパエ】 | カルタゴ【カルタゴ】 | アレクサンドリア、アンティオキア、ローマに並ぶ都市だった。2〜3世紀の人口は約30万人 |
| 円形劇場 | ハドリアヌス帝時代に建設。156m×128m。石材は持ち去られ、現在は基部を残すのみ。4万人を収容した SOLARISさんのページへ 遺跡地中海世界→チュニジアの遺跡→チュニス | ||
| ラ・マルガの貯水池 ★ | 市街やアントニヌスの浴場に水を供給した。当時94×12.5mのタンクが24個並んでいた | ||
| 劇場 | アウグストゥスの時代にあった小劇場を建て替えたもの。斜面を利用し、下の席は丘を掘って造られた。1万人収容可能 SOLARISさんのページへ 遺跡地中海世界→チュニジアの遺跡→チュニス | ||
| ローマ人の住居とヴォリエールの別荘 | 3世紀ごろにローマの富裕層が華麗な別荘を建てて住んでいた | ||
| フォルム | ピュルサの丘で発見された | ||
| 穀倉庫 | トフェの端にある 土井さんのページへ 失われた文明@遺跡→チュニジア→カルタゴ(Carthage) | ||
| ヒッポドローム | 当時20万人を収容できたといわれるが、今ではただの空き地 | ||
| オデオン | ローマ人の住居の丘の上。205〜210年建造 | ||
| アントニヌスの共同浴場 | 145〜162年、アントニヌス・ピウスにより建造。現在では基礎の部分といくつかの部屋を残すのみ SOLARISさんのページへ 遺跡地中海世界→チュニジアの遺跡→チュニス 土井さんのページへ 失われた文明@遺跡→チュニジア→カルタゴ(Carthage) | ケリビア【クルピア】 | カエサルによって築かれた街 |
| ローマ時代の遺跡 | ザグーアン | ||
| 水道橋 ★★★ | 2世紀建造。全長132kmのうち多くは地下水路を流れていたが、水道橋部分でも20kmはある(現在遺っている部分だけでも) | ||
| 水の神殿 | SOLARISさんのページへ 遺跡地中海世界→チュニジアの遺跡→ザゴウアーン | スース【ハドルメトゥム】 | かつてオリーヴ油の交易で莫大な収益をあげ繁栄した |
| 貯水槽 | 875年に復元され現在までに至るこの貯水槽は、容積3000立方mという規模を誇る。情報求む!! | スベイトラ【スフェトゥラ】 | 植民地でありオリーブ油の産地だった。チュニジアに残る一番新しいローマ遺跡 |
| 凱旋門 | かつてこの街のメインゲートだった。3〜4世紀建造 | ||
| 大浴場 | 破損が激しく、原形をほとんど留めていない 土井さんのページへ 失われた文明@遺跡→チュニジア→スベイトラ(Sbeitrla) | ||
| 劇場 | 3世紀建造。オーケストラ席や数本の円柱が遺る 土井さんのページへ 失われた文明@遺跡→チュニジア→スベイトラ(Sbeitrla) | ||
| 神殿群 | ミネルバ、ジュピター、ジュノが祀られた3つの神殿 土井さんのページへ 失われた文明@遺跡→チュニジア→スベイトラ(Sbeitrla) | ||
| フォルム | 2列の円柱が立ち並ぶ石畳のフォルム SOLARISさんのページへ 遺跡地中海世界→チュニジアの遺跡→スフェットラ 土井さんのページへ 失われた文明@遺跡→チュニジア→スベイトラ(Sbeitrla) | ||
| アントニウス・ピヌスの門 | 139年建造。アントニウス・ピヌスとその2人の息子に捧げられた 土井さんのページへ 失われた文明@遺跡→チュニジア→スベイトラ(Sbeitrla) | ||
| セプティミウス・セウェルスの門 | |||
| ディオクレティアヌスの記念門 | タバルカ【タブラカ】 | 大理石、皮製品、鉄や銅、オリーブ・オイル、ライオンなどの猛獣の重要な輸出港として発展した | |
| ローマ時代の遺跡 | チュニス | 前146年のポエニ戦争で没落したが、1世紀に港湾都市として再建された | |
| 水道橋 | ザグーアンの水道橋から続いている水道橋。カルタゴのラ・マルガの貯水池へと続いている SOLARISさんのページへ 遺跡地中海世界→チュニジアの遺跡→ザゴウアーン | チュブルボ・マジュス【トゥブルボ・マイウス】 | 2世紀前半から栄え初め、2世紀末コンモドゥスの時代には、1万人前後の人口を持ち、農業で繁栄した |
| 製油所 | |||
| フォルム | 3辺を円柱が囲んでいた | ||
| カピトリウム | 168年建造。コンモドゥスとマルクス・アウレリウスに捧げられたもの | ||
| クリア | |||
| マーキュリー神殿 | 211年建造。円形に並ぶ8本の円柱の基部が遺っている | ||
| マーケット | 広場を囲むようにして3辺に小さな店が並んでいた | ||
| 住居 | 土台の部分しか残っていない。ラビリンスの家、戦車御者の家など | ||
| ペトローニのパラエストラ | 円柱に囲まれた広場。225年に市の有力者ペトロニウス・フェリックスとその息子によって夏浴場と共に建てられた | ||
| 夏浴場 | |||
| 冬浴場 | |||
| カエレスティス神の聖域 | |||
| バール神殿 | 2世紀建造。ビザンチン時代にはキリスト教の教会として使われた | ||
| 円形闘技場跡 | ドゥガ【トゥッガ】 | 4世紀に繁栄を極め、当時1万人の人口を誇った。チュニジア最大のローマ遺跡 | |
| サターン神殿 | |||
| 劇場 ★ | 168年建造。19段の観客席は、15mの高さ。3500人収容 SOLARISさんのページへ 遺跡地中海世界→チュニジアの遺跡→ドゥッガ 土井さんのページへ 失われた文明@遺跡→チュニジア→ドゥッガ(Dougga) | ||
| 風の広場 | 敷石に12種類の風の名前が彫られていたことが名前の由来 | ||
| マーケット | |||
| マーキュリー神殿 | 180〜190年建造 | ||
| アウグスタン・ピエティ神殿 | 2世紀建造 | ||
| コンコルディア神殿 | |||
| キャピトル ★ | 2世紀中頃建造。マルクス・アウレリウスとルキウス・ウェルスに捧げられた。6本の縦溝の付いたコリント式の円柱が地上から8mの高さの柱廊玄関を支えている SOLARISさんのページへ 遺跡地中海世界→チュニジアの遺跡→ドゥッガ えみチュウさんのホームページへ えみチュウの旅行ばなし→TUNISIA(2000.9.1) 土井さんのページへ 失われた文明@遺跡→チュニジア→ドゥッガ(Dougga) | ||
| フォルム | かつて35本の円柱で囲まれていたが、現在ほとんどの柱が失われている | ||
| アレクサンデル・セウェルスの凱旋門 | 3世紀建造。上部の長方形の窪みは壁龕の跡でブロンズ像が飾られていた | ||
| セプティミウス・セウェルスの凱旋門 | えみチュウさんのホームページへ えみチュウの旅行ばなし→TUNISIA(2000.9.1) | ||
| ローマ時代の住居 | 薬草商の家、トリフォリウムの家、ゴルゴンの家、四季の家、ディオニソスとユリシーズの家など | ||
| テルス神殿 | 床には色鮮やかなモザイクが残る | ||
| 貯水場 ★ | |||
| カエレスティス神殿 | |||
| リキニアの浴場 ★ | モザイクや頭部の欠けた彫刻、円柱などが遺っている。3世紀建造、冬用の浴場 SOLARISさんのページへ 遺跡地中海世界→チュニジアの遺跡→ドゥッガ 土井さんのページへ 失われた文明@遺跡→チュニジア→ドゥッガ(Dougga) | ||
| トリフォリウムの家(売春宿) ★ | 公営の売春宿で、それを示すペニスのレリーフがドアに彫られていた | ||
| キクプロスの浴場 | この浴場からは、人に見られることなくトリフォリウムの家に入ることができる構造になっていた | ||
| ニンフォリウム | |||
| ミネルヴァ神殿 | |||
| ドルメン | 墳墓群 | ||
| ヒッポドローム | |||
| 円形劇場 | ナブール【ネアポリス】 | 鮪の腸、ジルなどを使った魚醤、ガラムの産地として知られていた | |
| ローマ時代のネアポリス | 円柱やモザイクなどが僅かに残る | ネフタ【ネペテ】 | ブラ・レジア | 農業と貿易の中心として、ハドリアヌス帝時代に繁栄した 土井さんのページへ 失われた文明@遺跡→チュニジア→ブラレジア(Boulla Regia) |
| カピトリウム | |||
| アポロン神殿 | |||
| フォルム | |||
| 劇場 | 規模は小さいが、保存状態はよい | ||
| イシス神殿 | 石段と円柱の土台だけが遺る | ||
| 市場 | 区切られた小さな店が広場を囲んでいた様子がうかがえる | ||
| ユリア・メムニアの浴場 | 2世紀建造。円形のアーチやモザイクが遺る | ||
| 貯水池 | |||
| オプス・レティキュラトゥム | バシリカとして使われていた | ビゼルト【ヒッポ・ディアリュトゥス】 | マクタール | 紀元180年頃のマルクス・アウレリウス帝時代に繁栄 |
| バル・エル・アイン | 泉の門という意の凱旋門 | ||
| 円形劇場 | 博物館裏手にある小さい円形劇場 | ||
| 馬車道 | ローマ時代の舗装された馬車道 | ||
| バッカス神殿 | |||
| 北浴場 | |||
| 北西浴場 | |||
| オールド・フォーラム | |||
| フォーラム | |||
| マーキュリー神殿 | |||
| マーケット跡 | |||
| トラヤヌスの凱旋門 | 紀元116年にゲルマン人などへの勝利を賛えてトラヤヌス帝に捧げられたもの | ||
| 共同大浴場 ☆☆ | 2世紀後半建造の巨大な浴場。カルタゴと並び、チュニジアで保存状態の良い浴場のひとつ | ||
| スコラ | 円柱が立ち並ぶ若者の学校 | ||
| マルクス・アウレリウス記念門 | ル・ケフ【シッカ・ヴェネリア】 | 前27年、植民都市として街に名がつけられた | |
| ラス・エル・アイン | 泉の跡。現在も遺跡の発掘中 | ||
| 貯水池 | ニンフェウムや浴場、ラス・エル・アインなどに供給されていた | ||
| ローマ浴場 | |||
| アルジェリア(10,35) | |||
| ▼INDEX アンナバ /アンノーナ /コンスタンティヌ /ジェミラ /シェルシェル /ティディス /ティパサ /ティムガッド /テベッサ /ランベーズ | アンナバ【ヒッポ・レギウス】 | アンノーナ | |
| アンノーナの記念門 | |||
| 2連アーチの記念門 | |||
| ウァレンティニアン1世、ウァレンス、グラティアン記念門 | コンスタンティヌ【キルタ】 | ジェミラ【クイクル】 | ローマ軍の城塞として建設され、ネルウァ帝時代にローマ植民市に昇格した |
| セウェルスのフォルム | 3世紀初頭建造。長辺48m、短辺44m | ||
| 劇場 | 客席30段、3000人収容可能 | ||
| カラカラの凱旋門 | 216年建造。門の上に3人の彫像が置かれた台座の跡が見られる | ||
| バシリカ | 3世紀初頭建造 | ||
| クリア | 市参事会建物 | ||
| セプティミウス・セウェルスの神殿 | |||
| カピトリウム | 高さ14mの円柱で囲まれて円形の回廊がめぐらされていた | ||
| コシニウス市場 | 長辺27m、短辺21mの広さの市場。かつては円柱で囲まれていた | ||
| 噴水 | コシニウス市場の中央に遺っている | ||
| 浴場 | 2600平方mにも及ぶ大浴場 | ||
| セプティミウス・セウェルスの神殿 | 階段とファサードが壮麗 | ||
| ローマ貴族の邸宅 | |||
| カルド | 街の西側を南北に走る街路。左右には列柱が連なり(現在も遺る)、南北の両端には大きな城門があった | シェルシェル【カエサリア】 | マウリタニア・カエサリエンシスの首都 | ティディス |
| 記念門 | ティパサ | 建設は前7世紀。1世紀中頃からマウレタニア・カエサレア属州の港町として発展を遂げ、クラウディウス帝時代にローマ植民市なっていたが、2世紀半ばにローマ軍の進駐を受けた | |
| フォルム | |||
| カピトリウム | 街の一番高いところに建っていた。現在は土台のみ遺る | ||
| 浴場 | |||
| 円形劇場 | |||
| 劇場 | 3000人収容可能。19世紀半ば、市立病院を建設する際にその石材として利用された | ||
| バシリカ | 石柱や赤茶色の石段の一部が姿を留めている | ||
| デクマヌス | 幅14m、長さ200mの石畳の街路 | ティムガッド【タムガディ】 | 計画都市として設計され、近傍のランバエシスに駐屯していた多くの退役軍人達が植民した。建設が始まったのはトラヤヌス帝時代の紀元100年 |
| 公衆浴場 | |||
| トラヤヌス帝の凱旋門 | 2世紀建造。旧市街と新市街を結ぶ | ||
| 劇場 | 3500人収容。舞台の背後には列柱廊の跡が残っている | ||
| セルティウスの市場 | 3世紀前半建造。豪華な列柱で囲まれていた | ||
| ヘルマフロディータ邸 | 3世紀前半のもの | ||
| フォルム | 「狩りをしてはひと風呂浴び、たわむれ、大笑いする。これぞ人生」という落書きがのこっている | ||
| バシリカ | デクマヌスとカルドが交差する街の中心部の南側 | ||
| カピトリウム | 長辺90m、短辺62mの基壇の上に建てられた。柱が2本だけ遺っている | ||
| デクマヌス | テベッサ | ||
| カラカラ記念門 | 紀元214年にカラカラ、ユリア・ドムナ、ゲタに捧げられた | ランベーズ【ランバエシス】 | 第3アウグスタ軍団の基地 |
| 記念門 | |||
| モロッコ(4,27) | |||
| ▼INDEX ヴォルビリス /コッタ /ラバト /リクスス | ヴォルビリス | ベルベル民族の地を47年にローマが征圧。広さは約40haにのぼり、当時約1.5万人が住んでいた | |
| カラカラ帝の凱旋門 | 217年、カラカラとその母ユリア・ドムナを讃えて司政長官マルクス・アウレリウス・セバスティアヌスが建てた | ||
| カピトリウム(ユピテル神殿) | 以前からあった神殿を217年、マクリヌスに捧げて修復再建したもの | ||
| 公共広場 | カピトリウムの隣。3世紀、アレクサンドル・セウェルスの時代に手が加えられた | ||
| 大通り | 217年、司政長官マルクス・アウレリウス・セバスティアヌスによって整備開通 | ||
| ガリエヌス帝の浴場 | |||
| 油の製造所 | |||
| 邸宅群 | |||
| 水道 | |||
| ゴルディアヌスの宮殿 | カラカラとマクリヌスの時代に建てられ、ゴルディアヌス3世時代に修復された。司政長官が住んでいた | ||
| バシリカ | 公共広場の前 | ||
| 城壁 | 全長2359mの城壁に少なくとも40の稜堡と2世紀建造の8つの門がある | ||
| ヘラクレスの功業の館 | 波型や縄文型の彫刻のあるファサードの列柱がある | ||
| バッカス館 | 四季のモザイクには、四季折々の行事が表現されている | ||
| ウェヌスの行列の館 | 床のモザイクに因んで部屋ごとに名前が付けられている | ||
| ギリシア青年の館 | トリクリニウムの床にはバッカスを主題としたモザイクが遺る | ||
| オルフェウスの館 | 裕福な商売人のものだったと考えられている。暖房設備に使われた炉やモザイクが遺っている | コッタ | |
| 共同浴場 | |||
| 搾油場 | ラバト【サラ・コロニア】 | 1世紀頃、ローマ人によって統治された。油、穀物、ワイン、羊毛などを輸出する港町だった | |
| 泉 | |||
| 市場 | |||
| 公共広場 | |||
| 共同浴場 | |||
| ニンファエウム | |||
| 元老院 | 98〜117年にかけて建造された | ||
| 列柱廊 | |||
| 凱旋門 | |||
| 聖廟 | リクスス | ||