| ◆歴史 | ボスラの歴史は、ナバテア王国が交易路を守るため、要塞を築いたことに遡る。ナバテア人はこの一帯で権勢を振るい、王国の領土は前84〜72年にかけてはダマスカスにまで広がっていた。しかしながら、紀元106年には、トラヤヌスによりアラビア属州に併合され、属州の州都となり、『ボストラ』と命名された。そして第3キュレナイカ軍団の駐屯地となった。 ボストラには、軍団の兵士以外にも多くの入植者(官僚や官吏、都市の建築に携わる労働者など)が移住してきた。これにより、最盛期には人口が8万人にもなったという。そして、劇場など大規模な建造物が次々と建てられ、繁栄を極めた。 また、ボストラは5本の道路が交わる交通の要衝であった。2本はダマスカスに、1本は西の地中海に、1本は南の紅海に、そしてもう1本は南東のペルシア湾につながっていた。そして、周辺に湧き水が多かったことより、広大な農地が街を取り囲み、シリアの穀倉としても重要な役割を果たしていた。 現在のボスラの街は古代のボストラの上に建っており、多くの家屋は古代建造物の石を用いて造られている。 |
| ◆交通 | ダマスカスからプルマンバスで2時間弱。1US$程度。ダラーからはセルビス(乗り合いワゴン)が出ている |
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| ◆説明 |
| 保存状態がよく、中東で最大規模を誇るローマ劇場。2世紀中頃の建造と考えられている。劇場には様々な材料が用いられており、特に黒玄武岩がボスラの劇場を特徴づけている。 観客席は直径102mの半円で、14・18・5列の3段37列からなっており、15000人が収容可能である。最上段には複雑な形をした列柱回廊が設けられている。舞台の直径は45mあり、背後には、壮麗な装飾が施された石壁(スケナエ・フロンス)が立っている。列柱群と列柱群の間に3つのくぼみがあり、その奥に楽屋に通じる入口がある(写真上)。正面の列柱はコリント式で高さは26m以上ある。 ボスラの劇場の保存状態が良いのには理由がある。本来ならば、イスラムがビザンティンを追放した636年以降では、この劇場は人々から見捨てられるはずであった。しかし、イスラム教徒は、この建物が防御にきわめて適していることを見抜き、12世紀には堅固な外壁で劇場を取り囲み、要塞として使用した。このため、劇場は改造されたものの、要塞の奥に眠り続けることができたのである。 1974年、シリア考古総局によってこれらの建物の修復作業が始まると、何世紀ものあいだ隠されていた劇場が再び姿を表した。 | |
| ◆開場・入場料 | |
| 8時〜19時(冬季は18時まで)。入場料は5US$程度 | |
| ◆交通・位置 | |
| ダラー方面からのバス乗り場前 | |
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