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●ハドリアヌスの墓廟
◆説明
 アウグストゥスの墓廟が一杯になったという理由で、132年頃ハドリアヌスが着工し、139年アントニヌスによって竣工した。137年に亡くなった皇后サビーナ、138年早々に死去したアエリウス・カエサル、そして同じ年の夏に去ったハドリアヌスの遺灰が葬られた。その後、アントニヌスの妻ファウスティーナ、アントニヌスと続き、カラカラまで歴代の皇帝の墓所となった。そして271年、アウレリアヌスによって城壁の一部として要塞化され、四隅に塔が設けられた。
 高さ約10mで85m四方の基壇の上に、トラヴァーチンによる高さ20mで直径64mの円筒形の墓が載り、周囲は青銅製の孔雀などで豪華に装飾され、糸杉が植林された盛土の上に、4頭立て馬車と太陽神の姿をしたハドリアヌスの像が置かれていた。総高50mの墓廟は、アウグストゥスの墓廟よりも一回りは大きかった。内部は傾斜のある螺旋廊下と石段を伝って中心に位置する納骨所に達っする構造となっている。
 天使Angeloの名がついたのは、ペストが猛威をふるった590年のある日、教皇グレゴリウスを先頭に歩いていた行列がこの近くにさしかかったところ、大天使ミカエルが空に現れて疫病の終息を告げたことに由来する。やがてペストはおさまり、この天使のお告げに感謝して廟の上に礼拝堂が献堂された。頂に置かれた大天使の像は最初木彫りであったが、間もなく朽ちてしまったため、大理石のものに替えられた。しかしながら、それも落ちて粉々になってしまう。その後につくられたブロンズ像は落雷で破壊され、4番目の像は武器をつくるために溶かされ、5番目の大理石製のものは、万が一のことを考えてサン・タンジェロ城の中庭に据えられている。今日我々が見ることができる像は、ジャルドーニが鋳造したヴェルシャフェルトの手になるブロンズ像(1753年)である。

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●アエリウス橋
◆説明
 135年ハドリアヌスは、墓廟の正面とレクタ通りとを結ぶためにアエリウス橋を建設した。アエリウスはハドリアヌスの家門名である。橋は16世紀以降に改修されたが、中央の3つのアーチに支えられている橋の本体は当時のままである。欄干の上にの天使像はベルニーニによるもの。

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●サンピエトロ聖堂前のオベリスク
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◆説明
 前1世紀にエジプトのヘリオポリスで造られた25.5mにおよぶオベリスク。37年カリグラは、特注の大船舶により持ち帰り、競技場のスピーナにオベリスクを立てた。その後、16世紀末にサンピエトロ聖堂前の広場を飾るため、教皇シクストゥス5世紀によって上に十字架を付けて立て直された。

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●ポルテンシス門
◆説明
 

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●聖チェチリアの夫の屋敷
◆説明
 熱浴室や古代の湯の導管が遺っている。9世紀初頭、パスカリス1世は屋敷跡にサンタ・チェチリア・イン・トラステヴェレ教会を建立した。

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●クロディアの家
◆説明
 共和政末期の恋多き女クロディアの家。出土した壁画はマッシモ館に収蔵されている。

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●トライアーナ水道
◆説明
 ジャニコロ丘南西のサン・パンクラツィオ門の西側にアーチが遺っている。

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