●インスラ
◆説明
 サンタ・マリア・イン・アラコエリ教会前の階段下に、かつての高層集合住宅(インスラ)跡が遺っている。四階建てで、高さがカピトリウムのユピテル神殿に及んだと伝えられている。

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●ライオン像
◆説明
 カンピドリオ階段下の両脇に置かれている。もとは、カンプス・マルティウスのイシス神殿中庭に置かれていた噴水の一部であり、ミケランジェロにより現在の位置に移された。

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●カストルとポルクスの像
◆説明
 カンピドリオ広場階段上の両脇に、馬を従えた身の丈6mの双子神ディオスクロイ(カストルとポルクス)の像がある(本頁上写真)。ディオスクロイは、前496年レギルス湖畔の戦いでローマ軍の勝利を請け負った双子の神である。テヴェレ川沿いにあったフラミニウス競技場(現在シナゴーグがある)近辺から出土した破片をもとに16世紀末に復元された。帝政期後期の作。

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●マリウスのトロフィー
◆説明
 カストルとポルクスの像の両外側に置かれている。戦利品を寄せ集めた大理石彫刻。もとは、ユリア水道の泉水堂の左右の壁がんに飾られていた。ドミティアヌスの時代のものと思われる。

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●マイルストーン
◆説明
 マリウスのトロフィーの脇に置かれている。アッピア街道の1ローマ・マイル地点と7ローマ・マイル地点にあったもの。1ローマ・マイルは2000歩の距離で、約1480mだった。

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●ユピテル・カピトリヌス神殿
◆説明
 5代目の王タルクィニウス・プリスクスにより着工され、 7代目の王タルクィニウスにより、前509年竣工された。神殿は、南東向きに建っており、正面の幅は53mにも及ぶ地中海世界でも最大級の神殿の一つであった。内陣のユピテルは妻ユノと娘ミネルウァを両脇に従えていた。以後この神殿はカピトリウムと呼ばれ、複製が帝国内の各所に奉献されることとなる。  現在は、コンセルヴァトーリ宮殿の一番奥のパラッツォ・カッファレッリの下に基壇が僅かに遺るのみである。最後の修復は82年、455年にはヴァンダル族が海上から襲来し、屋根から金箔をかぶせた銅瓦が剥ぎ取られた。

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●共和政期の柱廊
◆説明
 タルペイアの崖の麓には、斑岸のブロックによるアーチが遺っている。

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